第25話 『あ〜ん』させられた!?part2
祈聖とのデートは滞りなく、順調に進んでいた。
さすがに都市部の高層ホテル、その最上階にあるレストランで食事していた時は緊張と場違い感がない交ぜになって吐き気が込み上がってきたが……。見るからに高級そうなランチも美味しいのかすらわからなかった(ちなみに、全部彼女の奢りである)。無味無臭とはまさしくこのことだなと感じたくらいだ。途中で代替案を思索してみたけど、惜しくもそれは思いつかなかった。
それを除けば、まぁそれなりに上手く彼氏役を演じれていただろう。今は映画館やデパートなどを散策し終えて、付近にあるインスタ映えしそうな喫茶店で小休憩を挟んでいた。
彼女はアイスティーにミルクを混ぜながら、じっくりと舐めるように僕を見つめてくる。
「それにしても……その衣装、そこまで似合うとは思ってなかったかなぁ」
「それは嫌味か?」
僕は苦笑しながらアイスコーヒーを口に含ませた。
「褒めてるんだよ。キラだって成瀬くんに似合いそうなのを選んだかな」
「はいはい、お褒めに預かり恐悦至極でございます」
「あー、信じてないかな。こうしてキラと釣り合いが取れる人はなかなかいないのに。鈍感で天然たらしな成瀬くんは気づいてないかもしれないけど、街中を歩いてるだけで沢山見られてたよ?」
「……鈍感でも天然たらしでもないけどな」
だから、視線を浴びていたのにも気づいていたと遅れながらに言っておく。
衆目の的になっていたのも、十中八九祈聖が隣にいたからだけどな。こんな服装をしたところで鬼に金棒どころか、餓鬼に苧殻である。背伸びをしすぎて見える景色も見えないのが現状であり、レストランの一件が良い例だろう。
疲れを吐き出すように息をつくと、注文していたレモンケーキが運ばれてくる。それを待ちわびていた彼女は早速スマホを手にして、何枚か写真撮影をすると、ファオークを手にしてケーキに刺し込んだ。
「ん〜、美味しいかなっ! 成瀬くんも一口食べる? 今なら成瀬くんの彼女役としてあ〜んをしてあげるかな」
「いや、いいよ。それなら追加で注文するから――っ痛!?」
脛辺りをコツンと蹴られた。
「恋人のフリをしなきゃダメかな」
「……いや、それはわかるけど、そこまでする必要あるか?」
「ストーカーくんたち、お店にはいないみたいだけどね。きっと外から覗かれてるから恋人だってことを見せつけないと。キラの彼氏役ならこれくらいして当然かな」
「なんだか上手く言い包められてるような……」
「ほら、つべこべ言わずに食べるかな。はい、あ〜ん」
「あ、あ……ん」
小分けされたレモンケーキを頬張ると、祈聖がにんまりと表情を緩める。
果たしてこれは本当に必要な行為なのだろうかと悩んでいると、彼女から二投目が放たれた。「はい、あ〜ん」と甘ったるい声を添えられて、レモンケーキが彼女の元から伸びてくる。不承不承とそれを口にすると、自分も食べたいのかそれ以上は差出されなかった。
やっぱり、なんだか弄ばれているような……。これが天音なら口移しも辞さないだろうし、まだ可愛いものだけど。
もう一度アイスコーヒーを啜ると、その冷たさが染み込んで幾分か冷静さを取り戻した。どの道、今日限定の彼氏役なのだ。これくらいは大目に見るとするか。残りのアイスコーヒーを飲み干すと、祈聖が食べ終わるのを待ってから喫茶店を出た。
「ええっと、次は改装されたばかりの公園に行くんだっけ?」
「そうだよ。最近改装されたばかりで、公園と商業施設が一体化してるらしいから楽しみかな」
「そういえば僕もニュースで見たな」
超注目の新施設などと宣伝されていたのは記憶に新しい。
元々街路沿いにあった公園が様変わりしているのは、なるほど、確かに興味深いものがある。公園内に飲食店や売店が設けられているほかにも、卓球が出来たり、夜になるとライトアップもされるとか。
祈聖は早く行きたいのか、僕の腕を引っ張って進んでいく。公園一体化の商業施設というのは全国的に見ても数少ないため、こうして彼女が子どものようにはしゃいでしまうのも無理はないだろう。
「一人だとなかなか行きづらいからね。せっかくなら成瀬くんが彼氏役を務めている間に見物しておきたいかな」
「別に僕じゃなくても、ほら、宮寺とかいるだろ」
「知らないの? あそこの公園はデートスポットとしても有名かな?」
「こんな偽物の彼氏とでいいのか?」
「いいよいいよ。本物の彼氏なんか作りでもした両親に叱られちゃうかな」
そうかと短く返事をする。
芸能人の娘というだけで、色々な都合や事情に板挟みされて、恋愛も自由にさせてもらえないのだろうか。少しだけ彼女のことが気になったが、深く詮索するのはやめた。たった数日の付き合いの、素性の知れない男に発露はできないだろう。相談できることであれば、きっと宮寺辺りにでも話しているはずだ。
しばらく歩いていくと、目的の公園が視界に入る。
差し当たってはこれでいい。
僕は祈聖のことよりも、天音のことを優先させなければならないのだから。
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