第26話 やられたらやり返す!?
僕たちは公園北部から南下するように散策をした。
元々道路沿いにある公園だったので、その長さは約1キロメートルほどある。縁石のように欅が立ち並ぶ芝生エリアを通り過ぎていく。道中で小洒落た書店やカフェが設備されていて、今度遊びに来る時は天音でも連れてきてやろうと考えるくらいには、まぁなかなか風情のあるところだった。
芝生エリアを抜けると、以前訪れたときにはなかった橋を渡っていく。起伏のある地面を活用して、立体的な構造の作りに様変わりしていた。緑豊かな癒しの小径を祈聖と密接しながら歩行してくと、テレビ塔のふもとに到着する。
「ふぅ、結構歩いたかな〜。あそこのベンチ空いてるみたいだから、ちょっと休憩してもいいかな?」
「ああ、彼女を支えるのも彼氏の務めだからな」
「成瀬くん、意外と紳士なんだね」
「今日限定だけどな」
あははと乾いた笑いを漏らしながら、祈聖はベンチに腰をかけた。
僕は付近に設置されてある自動販売機でお茶を二本購入してから、彼女の隣に座り込んだ。ほら、と片方のお茶を差し出す。
祈聖は「ありがとうかな」と丁寧に謝辞を伝えてくると、「あれ、あれ?」と困惑の声をあげた。
「……もしかして開かないのか?」
「えへへ、そうみたいかな。握力弱いんだよね」
「貸してみろ」
ひょいっと彼女からペットボトルを奪い取り、キャップを緩めると空気が出入りする心地よい音が響く。
「やっぱり、意外と紳士かな」
「今日限定だけどな」
「これくらいなら、明日でも明後日でもその先でも、いつでもしてくれそうだけどね」
「僕は祈聖が思ってるほどいい奴じゃないぞ。お節介をするのは自分と仲良くしてくれる人にだけだ」
「ふーん……」
祈聖は意味深長な眼差しで僕を見据える。
なんだか居心地が悪くなり、僕は整髪料で塗り固められた自分の毛先を弄って誤魔化した。うちの高校は整髪料の使用が禁止されているし、確かにこれならファンクラブの面子にも同校の生徒だとバレることはないだろうなと思う。
彼女を横目にすると、小さな唇をペットボトルの口に付けていた。心の中で安堵のため息をつくと、大して綺麗でもない星空を見上げる。昼直前から合流していたのに、もう夕陽の影すらなくなっていた。
僕は星空に呼気を投じると、おもむろに立ち上がる。
「行こうか」
「うん」
手を差し伸べると、彼女はそれを取って腰を上げた。
僕と祈聖はテレビ塔の真下を潜って最後のエリアに出る。
全長80メートルほどの巨大水盤が僕らを出迎えた。その真横にある歩行通路を進んでいくと、大きな水盤からミストが噴射される。祈聖が黄色い声をあげると、彼女を追撃するように水盤のライトアップが施された。
「なるほど、これがデートスポットと呼ばれる由縁か」
「感嘆としてないで成瀬くんももっと楽しもうよ、えいっ」
どんっ、と彼女に背中を押された。
千鳥足になって、巨大水盤に踏み込みそうになる。
「やりやがったな……このっ――」
「きゃあっ!?」
祈聖の腕を引っ張って巨大水盤の元に追いやった。
ふん、ざまぁみろ。僕の人生のスローガンはやられたらやり返すだ。今決めた。
彼女も水盤の直前で停止すると、頬を膨らませてあからさまにむすっとする。
「女の子にこの仕打ちは酷いかなっ!」
「自分の取った行動をじっくりと見つめ直してみるんだな!」
「むぐぐ、彼氏がキラのこといじめてくるかな!」
「ちょっぴり意地悪くらいがちょうどいいだろ?」
「それが許されるのは少女漫画の主人公だけだよ!」
知るかそんなこと、少女漫画なんか読まないぞ……。
愚痴を溢しそうになるのを堪えると、なんだかおかしくなって笑ってしまう。呼応するように彼女も今日一番の笑顔を見せた。
さらに奥へ進んでいくと、街路際に設置されているグローバルブランドの店舗や、SNSで話題の県内初出店の人気飲食店や、地元の人気飲食店が顔を見せた。有名なブランド店などは既に営業時間外で閉まっていて、彼女はちょっぴり残念そうに肩を落としていた。
祈聖は隣接している店を品定めするように眺めていくと、唐揚げ専門店の前で立ち止まる。一人前の唐揚げを買ってくると、それを二人で分け合って食した。
「キラね、お肉大好きなんだよね。成瀬くんに今度、高級焼肉店へ連れて行ってあげるかな」
「いや、高級店は遠慮しておくよ……」
「ええーっ! だめかな! これは一日彼氏役をしてくれたお礼かな!」
「うぐぐ……」
また味がわからなくなってよしだ。人の金で食う焼肉は美味しいけど、人の金で食う高級焼肉は美味しくない。それを彼女に説き伏せようとしたが、まるで聞く耳を持ってくれなかった。
そして、ようやく南出口に出る。
ここで僕の彼氏役という任は終了する。
「成瀬くん、ありがとうかな」
「ああ、役に立てたならなによりだ」
「……あまり無茶はしないでほしいかな」
「心配されるようなことはしないよ」
「そっか……本当に、ありがとね」
ああ、ともう一度返事をすると、祈聖は付近に停車していたタクシーの中に乗り込んだ。車が発車すると彼女は混み合っている道路に流れていく。
彼女役の祈聖がいなくなったことで、静閑さが僕を包み込んだ。さながら暗闇にでも呑まれていくようである。
さて、と。
彼氏役の任はこれで終わった。
これで以前と比してストーキング行為は緩やかに減速していくだろう。
しかし、それだけでは足りない。僕が祈聖に頼まれたのは『問題の解決』である。これからも少なからずストーキング行為が発生するだろうし、その現状を鑑みるに問題はまだ未解決と言えるだろう。
それに宮寺にだって、『祈聖のことは僕に任せろ』と大口を叩いてしまった。なればこそ、きちんと問題解決をする責任が僕にはある。
再度、星空に呼気を投じると、僕は横目で周囲を見渡した。
一人の男子を囲むようにできた複数人の集団を、僕は見つけた。
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