第27話 ちょっかい出してみろ!?part2

 岩井雄大と思わきし人物が、苦虫を噛み潰したように顔をしかめていた。

 お世辞でも目立つとは言い難い男子数名は、岩井雄大を宥めるように自分のスマホ画面を彼に共有している。恐らく、祈聖の盗撮画像でも画面に表示しているのだろう。その様子から察するに、やはりファンクラブを仕切っている主犯格は岩井雄大で間違いはなさそうだ。


 テレビ塔付近にある階段真下の物陰に潜んでいる彼らの元に、僕は躊躇いもなく向かった。躊躇をする余地など一片だってありはしない。祈聖のことを散々傷つけて、宮寺にまで心配かけさせて、天音との時間も奪われて。そんな犯罪者どもを相手取るのにこちらが怯える必要なんてない。不安になる価値すらない。


「おい――」

 僕は牽制するように刺々しい声音で彼らに声をかけた。

 岩井雄大は目を皿にしてこちらに振り返る。他の男子数名も数歩後退りながら、「どうして……」と驚きを禁じ得ないようだった。僕は彼らが後退する分だけ前進して、逃亡されないように壁際へ追い詰めていく。


「僕がどうしてここに来たのか、わかるよな?」


 憤怒の感情を包み隠すことなく、彼らへと投げつける。

 岩井雄大だけは抵抗するように僕を睨み返した。さすがは同学年のスクールカーストで上位に位置するだけのことはある。僕はサングラスのブリッジを左手の中指でくいっと押して、ゆっくりと手を下ろす。


「ストーキングをやめろってか? この俺様が素直にはいそうですかって頷くと思ってるのか?」


 ふむ。どうやら一人称が俺様の馬鹿はよっぽど状況を把握できていないらしい。逃げる隙を伺っている冴えない男子どものほうがよっぽど利口そうだ。逃しはしないけどな。

 僕はスマホを手にして、宮寺から受け取ったメンバーリストを表示させる。


「岩井雄大、大空真斗、井口春馬、大野遥希、前村修平、木之下樹――全部出すとキリがないからこれくらいにしておくが、お前らの名前はもう割れてるんだよ」

「っ……!?」

「今呼んだやつも、そうでないやつも、もう逃げられない。逃しはしない。悪いけど僕は君たちが通っている高校や警察ともコネクションがあるんだ。なにせ僕は芸能人の娘の恋人だからな」


 半分本当で、半分は嘘だ。

 ただ僕を祈聖の彼氏だと信じ込んでいる彼らであれば、この話を疑うこともないだろう。

 ハッと嘲笑を吐き出して、僕はスマホを操作した。


「たった今、僕の知り合いにお前らが祈聖にやってきたことの全てを学校のグループラインに流してもらった」

「なっ!? お、おい、確認しろ!」

「…………な、流れてます。名前も、全部」

「くそッ!」


 いきりたった岩井雄大は、思いっきり地面を踏んづけた。

 自分のラインアカウントから情報を流すと僕のことが露見する可能性もあったが、予想以上の馬鹿者で助かった。そこまで頭に血が上っていれば気づかれることもないだろう。


「このことは全部学校にも報告してある。きっと今頃は学校の会議室でお前らの処遇を決めているだろうな。ああ、そうそう、これから警察にも被害届を出しに行くところだったんだ」

「な…………」


 彼らは愕然として顔を俯けた。

 僕は悠然としばらく間を開けてから、「だが」と続ける。


「もしもこれから、今後祈聖に一切関与しないと約束をするのなら、警察に出頭させるのは見逃してやってもいい。勘違いするなよ? これは交渉でもなんでもなく、僕が妥協してやってるんだ。お前らが選べる選択肢になにが残ってるのか、わざわざ説明しなくてもわかるよな?」

「………………」


 昨晩、彼らの処遇について僕は祈聖と相談をしていた。

 ラインに情報漏洩させるのも彼女から承諾を得ている。それに、警察に差し出せるものをしないのも、一重に祈聖の優しさから与えられた慈悲だ。それを突っ撥ねる権利は彼らにはない。


「どうする? 今なら前科が付くことなく、学校から生徒指導を受けるだけで済むんだぞ? せっかく進学校に通ってるのに、今までの努力を水の泡にするのか?」

「…………わかったよ」


 唯々諾々と彼らは頷いた。

 僕は胸を撫で下ろしながら、彼らをしっかりと見据える。


「わかったならそれでいい……。ただ、また祈聖にちょっかい出してみろ、今度は完璧にお前らを潰すからな」

「……あ、ああ……お前らも、わかった、よな?」


 岩井雄大を取り囲んでいる男子数名は必死に首を縦に振った。

 ……はぁ、これでとりあえず一件落着、だよな。

 もう行けと、僕は顎で指図する。彼らはすぐさま足を動かして、階段を上って行こうとした――ところで、僕は彼だけを呼び止めた。


「岩井雄大、ちょっと待て」

「……なんだよ」

「君には岩井日和という妹がいるか?」

「……いるけど、日和がなんだよ。てか、なんで知ってるんだよ」

「いや、別に。知り合いの知り合いというやつだ。彼女が中学時代にトラブルにあっていたのを小耳に挟んでな。その後、彼女はどうだ?」


 そう尋ねると、彼の瞳が揺れたような気がした。


「普通にしてるさ。それこそ、うちの進学校に入学するくらい真面目にな」

「……そうか。呼び止めて悪いな、それだけだ」


 岩井雄大はこちらを振り返ることなく、足早に去って行った。

 僕はそれを見届けてから、大きなため息を吐き出した。慣れないサングラスを外すと鮮明な視界が戻ってくる。ようやく肩の荷が下りたからか、身体がやけに重たい。少し休んでいこうと側にあったベンチに腰をかけた。


「はぁ、あーあ、疲れた」


 しかし、岩井日和がうちの高校に入学していたとは……。

 衝撃の事実すぎて、つい気が動転してしまいそうになった。だが、他人を蹴落とさず正々堂々と自分の力で高みに登れるようになったは、例え天音に嫌がらせをしていたとしても素直に尊敬ができる。僕が彼女を屋上に呼び出したことも、あのただの八つ当たりも、無意味なことではなかったのかもしれない。


 僕はもう一度ため息を吐き出した。

 はぁ……明日は先生から呼び出しを食らうだろうな。

 彼らには学校に報告済みだと説き伏せたが、実のところ学校側にはなんの説明もしていない。元々明日には祈聖とともに事情を話すつもりだったので、早くなるか遅くなるかの違いなのだが。

 こうして丸く収まったのに、まだやることがあると思うだけで憂鬱になる。明日の学校はサボってしまおうか。僕はそんな下らないことを考えながら帰路についた――


 そうして僕は、酷い後悔に苛まれるのだった。

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