第28話 嘘つき!?
祈聖との一件を終えて、僕はそそくさと自宅に戻ろうとしていた。
ふと、僕の根城であるマンション、そのすぐ目の前にある電柱に少女の影が視界に映る。こんな夜遅くになにをしてるんだ? ……まぁ大方、ここに住んでいる友人や彼氏が出て来るのを待ってるとか、そんなところだろうけど。
慣れない格好に未だ堅苦しさを覚えつつ、電柱の彼女に一瞥もくれてやることなく通り過ぎようとした。春も後半に突入しているとはいえ、さすがに夜は冷える。早く家の中に入りたい。両腕を擦り合わせながら歩いていると――電柱の影から伸びてきた手に僕は捕まった。
「こんなところでなにしてんだよ、天音……」
「………………」
僕は無言で引っ張られると、そのまま彼女のほうに身体を向ける。
電柱に潜んでいたのは天音であった。疲労困憊で目蓋が重くなり、腕を引かれるまで全然気づかなかった。天音が顔を俯けていたのも一つの要因だろうが、きっと止められなければ僕は素通りしていただろう。
僕は罰悪げに視線を逸らして、彼女の様子を横目で窺った。
依然として天音は押し黙ったままである。彼女は口を窄めながら握る手をぎゅっと強めた。
「……こんなところで話すのもなんだし、ひとまず家上がっていかないか? 疲れてて――」
「疲れてるのは、他の女とデートしてきたからですか?」
「っ……!?」
僕はそっと息を呑んだ。
ば、バレてる……? いつ、どこで……?
記憶を辿ってみるが見当もつかなかった。少なくとも僕は周囲で天音らしき人物を見かけてなんかいないけど、あの都会部の人混みだ、天音が一方的にこちらを発見していたとしても何ら不思議ではない。
いや……単に冗談を投げているだけかもしれない。そもそも天音があのデートコースにいたかすらも怪しいとろこだ。家に来たけれど僕が不在だったから待ち伏せしていたなんてことも十分あり得る。
僕は試しに、鎌をかけてみることにした。
「なに言ってるんだ、ちょっと出掛けてきただけだよ」
「嘘つき。先輩、こんな服持ってませんでしたよね? それに、改装されたばかりのあの公園で先輩が女と仲良さそうに歩いてたの見ましたから。誤魔化そうとしても無駄ですよ」
天音は僕が着用しているベストを軽く引っ張りながら、いつもよりワントーン低い声音でそう言う。
背中に嫌な汗が流れる。天音は僕が反論しないのを確認すると、ゆっくりと手を離した。
「唐揚げ、仲良く二人で分け合っていましたね。水盤のところで仲良く押し合ってましたね。いかにもメンヘラそうで、背丈も小さくて、すごく可愛かったですね。先輩、ああいうのが好みなんですね」
「いや、これには事情があって……」
「事情ってなんですか? あんなに仲睦まじくデートするのに事情がいるんですか? それは事情じゃなくて言い訳って言うんですよ」
「………………」
抗弁する余地もなく、僕は項垂れた。
――ご主人様に許可もなく……他の女とデートしたじゃないですかっ
中学時代の記憶がフラッシュバックする。放課後の教室で手足を縛り付けられて、僕を調教する天音の姿が脳裏を過った。
けれど今の天音は、あの頃の天音と様子が異なっている。
彼女の瞳には確かに怒気が含まれている。でも、それ以上に天音から哀愁が漂っていた。彼女と長い付き合いの僕は、それがなにを示しているのか瞬時に理解した。
「ごめん。本当にごめん。僕が口にすることは、ただの言い訳でしかない。だから、ごめん」
「デートしていたことは、認めるんですね?」
「…………ああ、事実だ」
「そう、ですか」
天音は僕の押し除けると、その場から立ち去ろうとする。
僕は戸惑いながらも彼女の後を追って行った。
ぽつりと、月光を反射する水滴が落ちるのを、僕は確かに、そこに見た。
ああ――クソ。
「天音、待ってくれよ」
「嫌です、もう帰ります。ついてこないでください」
「僕も嫌だ。こんな夜遅くに一人で帰せれるわけないだろ」
「それは先輩の都合じゃないですか。先輩の都合で他の女と遊びに行ったくせに、先輩の都合で私にまでついてくるなんて勝手すぎですよ。どうせ他の女にも気安くそういうこと言ってるんですよね。そんな手前勝手な行動を取る人に家まで送られたくないです」
「…………そう、だな。……僕は勝手な人間だから、僕の勝手で天音が家に帰るまで見送るよ」
「……もう知りません」
天音は足早になって僕を引き離そうとする。
疲労が溜まっている両足を必死に動かして、僕は天音を見失わないように後を追っていく。しばらくすると天音は新居らしき一軒家に吸い込まれていった。
――道中、彼女は一度たりとも僕のほうに振り向くことはなかった。
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