第29話 成瀬先輩もいるし!?

 なにを間違えたのだろうか。

 正解を手繰り寄せていたつもりだった。

 中学時代には為せなかったことを、あるいは逃げ出したことを、今度こそは真正面から向き合うつもりだった。

 果たして、僕はなにを間違えたのだろうか。

 いや、きっと、なにもかも間違いだらけだったのだろう。




 僕は自宅のベッドに飛び乗った。

 仰向けになりながら白色の天井をじーっと見つめる。


 ――嘘つき。

 ――先輩の都合じゃないですか。


 彼女の言葉を頭の中で反芻して噛み砕く。

 天音は僕にどうしてほしかったのだろうか。

 祈聖との事情を先んじて説明しておけばよかったのだろうか。

 いや、そもそも僕が手を貸さなければよかったのだろうか。

 ……それも違うか。別段祈聖と親しいわけではないし、優先順位も天音のほうが上だが、だからといって僕は宮寺からの頼みを無碍にはできない。宮寺は僕の恩人で、友達だ。どちらかを切り捨てることなんて不可能だ。


「……僕ってやっぱり優柔不断なのかな」


 宮寺から指摘されたことを思い出す。

 あれから天音と真剣に向き合っているつもりだった。ゴールデンウィーク直後、登校中に天音が垣間見せた心情と真正面から向き合おうと決意したのに――また天音の傷心を増やしてしまった。


 僕の中の後悔の念が広がっていく。


「……よし」


 どうせ考えても、やるべきことは変わらない。

 明日にでもきちんと事の説明をして、天音に謝ろう。



***



 翌日。

 登校中、天音とは遭遇しなかった。

 昼休憩中、天音は食堂には来なかった。

 放課後、祈聖との一件で生徒指導室に呼び出しをされた。

 この日、天音とは会えなかった。



 翌日。

 登校時間を遅くしてみた。

 登校中に天音は発見できなかった。

 昼休憩中、購買で待ち伏せてみたが天音は来なかった。

 放課後、一年生の昇降口に向かってみた。天音の外履きは既になかった。天音のクラスメイトに尋ねてみたが、いの一番に教室を出て帰ったらしい。

 この日、天音とは会えなかった。



 翌日。

 登校時間を早めてみた。

 登校中に天音は発見できなかった。

 昼休憩中、天音の教室に向かってみたが彼女はいなかった。

 放課後、校門で待ち伏せてみたが、天音の姿は見当たらなかった。天音の自宅まで押し寄せてみたが、ドアホンを鳴らしても反応がなかった。

 この日、天音とは会えなかった。



***



 翌日の昼休憩。

 僕の思考を完全に読み切っているであろう天音に、どう対応すればいいのか頭を悩ませていた。食堂に向かい、適当に定食を注文して、席につく。一連の動作の間に食堂を何度か見渡してみたが、やはりと言うべきか天音の姿はない。


「あっ…………」


 ふと、向かい合わせの席から小さな声が漏れた。

 食事に顔を落としていた僕はそちらを見やると、中学時代に彼我で一悶着あった後輩がそこにいた。


「……どうも」

「……久しぶりだね」


 かつて僕が威迫して、脅して、泣かせてしまった後輩――

 ――岩井日和が気まずそうに顔を合わせる。


 中学時代は伸ばしていた髪を三つ編みにしていた記憶だが、今の彼女はポニーテールで髪束を纏めていた。あの頃の横着していそうな雰囲気が払拭されていて、内面はともかく、外見は天音や宮寺といい勝負をしてるなと思う。

 天音に気取られていたのはもちろんのことだが、岩井日和の存在にまるで気づかなかったのは外的要素の変化が大きかったからだ。


「………………」

「………………」


 互いが無言を貫いているせいか、食堂の喧騒がやけに大きく響いて聞こえる。

 席を移動しようと試みると、岩井日和は大きくため息をついて僕を制止させた。


「……日和はこのままでも構いませんよ」

「そうか」


 僕はハンバーグを小さく切り分けながら彼女の様子を窺う。多少萎縮している感があり、やはり席を移るか悩んでいると、彼女からボソリと憎まれ口が漏れた。


「……鬼畜、人でなし、ばか、あほ」

「……お、お互い様だろ」

「変態、セクハラ男、むっつりスケベ」

「なんでだよ」

「日和の胸ぐら掴んだ時、胸に手が当たってましたよ」

「…………記憶違いじゃないか?」

「当たってました」


 当時を振り返ってみたが、胸ぐらを掴みこそすれ、僕の手が彼女の胸に触れていた心当たりはなかった。多分、そうだと信じたい。

 岩井日和はこちらを睨み付けると、やがてどうでもよくなったのか食事の手を進める。僕も小分けにしたハンバーグを箸を挟んで頬張った。


「その……ませんでし……」

「なにか言った?」

「っ…………中学でのこと、その、すみませんでした。天音ちゃんには謝りましたけど、成瀬先輩にはまだ言えてなかったので」

「……急にどうしたの、そんな子だったっけ?」

「っ〜〜〜〜! 誰のせいで日和がこうなったと思ってるんですか!」

「……もしかして、僕のせい?」

「もしかしなくてもそうですっ! あれから友達との間に壁ができて、進学先は誰もいないところにしようって決めて、死ぬほど勉強してここの学校に入学したんですよ! それなのに天音ちゃんと一緒のクラスになるし、成瀬先輩もいるし! 成瀬先輩もいるし!」

「おい、なんで二回言ったんだよ」


 僕は箸を置いて、呆れたように肩を竦めた。

 岩井日和はご立腹のようで、口先を尖らせている。確かに一番の天敵である天音と同校になって、その上脅迫主まで在校しているのは皮肉な事この上ないだろうけど……。


 というか天音と同じ教室なのか。彼女が天音とともに進学をしてきたことすら最近知ったのに。僕は驚きを禁じ得なかった。余程どうでもいいことだったのか、それとも僕に教えたくなかったのか、天音は岩井日和のことを一切話題に出していなかった。

 僕はややあって、気になることを問いかける。


「同じ教室でも、上手く接せられてるか?」

「同中から進学してきた友達、ってことで表面上は取り繕ってますよ。日和が散々天音ちゃんのこと傷つけたのに、ごめんなさいの一言だけで、はいそうですかって仲良くできるわけないじゃないですか」

「それもそうか……まぁでも、啀み合いがないだけ二人とも成長したんじゃないのか?」

「どうですかね。日和はともかく、天音ちゃんは日和のこと恨んでるんじゃないですか」


 彼女は顔を俯けながらそう言う。


「……そんなことないと思うけど。何を隠そう、天音が今一番嫌ってるのはこの僕だからな」


 僕は苦笑いしながら事実をそのまま告げた。

 彼女は髪束の先を弄りながら、くすりと微笑んだ。


「ここ最近、天音ちゃんが上の空だったのは成瀬先輩のせいだったんですね」

「やっぱり機嫌悪そうにしてる?」

「そりゃあもう、クラスのみんなが近寄りがたく感じてるくらいには」

「……マジか。謝ろうとしてるんだけど、僕の行動を全部先読みして逃げられるんだよな」


 頭を抱えそうになると、岩井日和は「ふーん」と下唇に親指を添える。

 探偵もかくやといった様子で彼女は考え込むと、少し間を開けてから口を開いた。


「中学の時の罪滅ぼしってわけじゃないですけど、天音ちゃんを捕まえるの、日和が協力しましょうか?」

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