第36話 挽回頑張ってください!?
「これ、どこに向かってるんですか?」
地下鉄の構内で天音がそう尋ねてくる。
彼女が準備を整え終わると、僕は天音に目的を伝えずここまで連れてきた。天音が疑問に思うのも当然だろう。
「んー、着くまでのお楽しみだ」
「先輩がそういうこと言うの、なんか似合わないですね」
「ほっとけよ!?」
僕が苦渋を顔に貼り付けると、天音はにやぁと笑ってみせる。
祈聖とデートした時にも似たようなことを指摘された覚えがあった。
……二人揃ってそんなにダメ出ししなくてもいいじゃないか。
デートとか彼氏面とかを改まって意識すると、緊張で手から汗が滲み出てくるのだ。
情けなさを滲ませたため息を溢すと、僕は平静を装いながらここは一つ、祈聖の相手をした時に学習したことを試してみることにした。呼吸を整えて、言葉を吟味して、頭の中で三回ほどイメージをして、僕はようやく口にする。
「その服、似合ってるな」
さりげなく、ボソッと呟いた。
反射的に照れてしまったが、自己採点では満点に近しい。よくやった僕! と思いつつ天音の反応を見やる。
黒色のフレアパンツに、白色のビッグTシャツ、その上にブラウンのニットベストを着ている天音の頬がほんのりと赤く染まっていた。
「……ありがとうございます」
「お、おう」
「でも、なんか言い慣れてる感じがムカつきますね。あのクソメンヘラ女……こほん、泥棒猫で練習でもしたんですか?」
「…………言い直せてないからな?」
「ふん、知りません」
天音はぷいっと外方を向いてしまう。
相当祈聖のことを悪く思っているらしい。なにか一悶着でもあったのだろうか?
……というかクソメンヘラ女って。確かに僕も最初はそう感じたけど、クソまで付けなくてもいいだろ……。
僕は苦笑しながら、到着した電車に乗り込んだ。
土曜日ということもあり社内は酷く混み合っていた。天音を扉側に寄せて他の人と触れ合わないように気をつけながら、僕たちは目的の駅に到着する。
地下内から階上に出ると、海風の匂いがふわりと漂ってきた。
「……水族館、ですか?」
ここの駅と直結している水族館を視界に入れると、天音はそう尋ねてくる。
「そうだよ」
「むむぅ、先輩にしては出掛け先の選択が上手ですね」
「にしては、ってなんだよ。そこまで不肖な僕じゃないぞ」
胸を張って反駁すると、天音は「はいはい」と茶化して僕の腕を引っ張った。顔には出していないが、水族館が楽しみなのだろう。天音の口角が上がっているのを僕は見逃さなかった。
「僕とのデートが楽しみか?」
「す・い・ぞ・く・か・ん、が楽しみなんですーっ!! それに先輩のこと許してませんし! 調子に乗らないでくださいね!」
「はいはい」
先ほどの天音のように茶化してみせると、彼女は口先を尖らせた。
不貞腐れた天音は遁走するように水族館へのメインストリートを足早で進んでいくが――通りの途中にある大観覧車の前で一旦停止をすると、僕とツーショットを撮るように要求してくる。
「こ、これでいいか?」
「ダメです、もっとくっついてください」
「胸当たってるんだけど!?」
「当たってるんじゃなくて当ててるんです」
パシャリ。心地よいシャッター音が切られると天音は撮影した写真を見せてくる。僕の頬が紅潮しているのは背景の観覧車と海の壮大さに掻き消されて、あまり目立っていなかった。一安心しながら天音の撮影技術に驚かされる。さすがは女子高生と言ったところか。
心労を要する写真撮影も終えると、ようやく水族館に踏み込んだ。
今にして思えば、天音と水族館に訪れたのは初めてである。
中学時代はお小遣いにも制限があったし、こういうデートスポットに来る機械がなかった。
――楽しみだな。
僕は稀有な感覚に心躍らせながら入場口に向かっていくと、
「あれ、先輩チケット買いに行かないんですか?」
入場口前で立ち止まった天音が小さな首を傾げてそう言う。
「ネットでチケットは取ってあるよ。ほら」
僕はスマホの画面を天音に見せた。
大人二名分のチケットのQRコードが表示されているのを確認すると、天音はなにかを察したように「ははーん」と唸る。
「先輩、あのクソメンヘラ女に入れ知恵されましたね」
「……ソンナコトナイヨ」
「あるじゃないですか。めっちゃ片言ですよ」
「……ソンナコトナイヨ」
「マイナス100点です。挽回頑張ってくださいね〜」
天音はにべもなく言い放つと、僕は見栄を張ったことを後悔した。
……くっ、用意周到に準備してきたのに、それが薮蛇になるなんて。
というか原点式の採点だとしても、もう持ち点が0なんだが? ここから挽回とか厳しくないか? ちょっと天音さん、採点ガバガバ過ぎませんかね……?
「…………でも、ここに連れてきてくれたことは、その、嬉しかったので、プラス50点あげますよ」
「せめてプラマイ0には――」
「なりませんっ! ほら、後ろがつっかえるのでさっさと行きますよ!」
天音も頬を紅潮させていたのは胸の内に留めておいた。
……からかうと間違いなく怒鳴られるだろうから。
再び腕を取られると、僕たちは入場ゲートを潜った。
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