第35話 八つ当たりだろ!?

 祈聖から『力づくで捕まえたらいい』と助言されたが、今日は天音とすら会えなかった。もはや実行する以前の問題だ、どうにも天音に後塵を拝している感が否めない。それに明日からは休日を挟むこととなるし、このままだと何もかもが手遅れになりかけないぞ……。


 卑怯でも姑息でもいいから、なにか先手を打たなければ……。

 僕は自室のベッドで「う〜ん」と唸っていると、枕元に投げ置いたスマホが震えた。


「祈聖……? なんの用だ?」


 メッセージアプリの通知が届いていた。

 それを確認してみると、僕に明光が差した――。




***




 翌朝、僕は自室の姿見で身なりのチェックをして外を出た。

 トップスは淡いピンク色のシャツに黒色のMA-1を羽織り、ボトムはデニムのスキニーパンツにした。祈聖とのデート時にもしたように髪の毛も整髪料でセットしてある。グーグルで検索し尽くした結果、女の子に恥をかかせないシンプルなコーディネートにした。


 ……まぁそもそも、天音が僕のファッションセンスに劣るわけがないけど。むしろこの程度の服装では鼻で笑われるまである。小馬鹿にする笑みを浮かべているのが簡単に想像できた。


 せめて馬鹿にはされませんようにと心の中で祈りながら、天音の自宅に到着する。若干緊張しつつもドアホンを鳴らすと、しばらくして玄関ドアが開かれた。


「まぁまぁ、咲人くんじゃない。久しぶりね」

「お久しぶりです、お母さん」


 家内から現れたのは天音のお母さんだった。

 確か今年で四十の節目を迎えるはずだが、年齢を感じさせない綺麗な人だ。久しぶりに見たが、やはり天音によく似ている。天音も将来はこんな風になるのかな、なんて考えながら僕は頭を下げた。


「こんな朝早くにすみません。天音、いますか?」

「ええ、いるわよ。せっかくだから上がっていきなさい」

「はい、ありがとうございます」


 お母さんはにこやかに微笑むと、僕を家内に入れた。

「邪魔します」と丁寧に挨拶をして、来客用のスリッパを履かせてもらう。玄関から廊下に上がると、新築とまでいかないが木々の良い匂いがほんのりと鼻を掠める。

 前の家もそうだったが、掃除がしっかりと行き届いていてフローリングには埃の一つも被っていないように思えた。


「二階に上がって一番奥の部屋にいるわよ」

「はい、どうも」


 僕が二階に上がるのを見届けると、お母さんはリビングに入っていく。

 緊張が少しだけ溶けると、はぁと息をついた。

 丸一年ほど天音やお母さんとは会っていなかったのに、こうもすんなり通されるとは思いもしなかった。予想外の僥倖だ。きっと、高校に入学してから天音が僕のことをお母さんにでも話していたのだろう。


 一番奥の――天音の部屋の前に着くと、僕はコンコンとノックをする。

 ややあって、天音が「なーに?」と声を発しながらドアを開いて――パタン。

 瞬く間に閉められてしまった。


「な、な、なななななななんで先輩がいるんですかっ!?」

「普通にお母さんが通してくれたからだけど」

「お、お母さんっ!? なにしてるのもうっ!!」

「それより扉越しに会話をしてたらお母さんが怪訝に思うだろうけど、このままでいいのか?」

「聞きますけど、先輩が帰るという選択肢は?」

「もちろんない」


 げんなりとしたため息が扉越しに聞こえてくる。

 天音は逡巡した様子を見せながらもドアを開くと、「どうぞ入ってください」と僕を迎え入れた。天音は不機嫌な様子を隠そうともせず、頬を膨らませながらどすんっとベッドに腰をかける。


 僕は絨毯の上で胡坐をかいて、部屋を見渡した。

 中学時代の旧居もそうだったが、相も変わらずピンク色で統一された女子部屋だ。天音はベッドのヘッドボードのそばに置かれていたぬいぐるみを取って抱き締めると、「なんの用ですか」と冷たく問いかけてくる。


「天音、僕とデートしよう」

「はぁ、いいですけ――は?」

「だから、デートしよう」


 僕は単刀直入に誘いを入れると、天音はぽかんと間抜け面をする。

 そして僕が言った事を噛み砕いて理解すると、ぷしゅ〜と蒸気が立つほど顔を赤くした。


「い、行くわけないじゃないですか!? というかデートに誘ったくらいで私が許すと思ってるんですか!?」

「許すか許さないかは僕の行動を見て、天音が決めたらいい」

「ふ、ふんっ……勝手に話を進めないでください。まだ私は先輩とお出掛けをするとは言ってませ――」


 天音が言い切る前に、僕はぬいぐるみを抱き締めている天音の手を取り、


「デート、しよう」


 しっかりと天音の目を見ながら、そう言った。

 するりと彼女の腕からぬいぐるみが擦り落ちる。天音が顔を手で覆ったからだ。天音の上半身がよろめいて、そのまま仰向けになる形でベッドに倒れた。


「っ〜〜〜〜!! な、なんですか、それ……ズルいじゃないですか……」

「……僕だって結構恥ずかしんだよ」

「……先輩のばか」


 天音はぼふぼふと両腕を上下させて布団を殴りつける。

 それから彼女は腕の中に枕を抱えて、足をばたつかせた。

 ……おい、当たってるんだけど。

 そう愚痴を溢しそうになるが、ぐっと堪えた。せめて今日だけは天音に良い格好を見せたい。そう思って見てくれも整えてきたのだ。


 天音は落ち着いたのか動作を停止させると、


「……急いで30分で準備するので、それまで待っていてください」

「うん、ありがとう」


 僕からの誘いを受けてくれた。

 彼女は早々にベッドから立ち上がると、その場で着替えをしだして――


「ちょ、ちょっと!? 僕いるんだけど!?」

「別に下着姿なんて今更じゃないですかーっ! ちょっとはやり返さないと気が済みません!!」

「完全に八つ当たりだろそれ!?」


 ほんのちょっぴりだけど、仲違いが解消されたような気がした。

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