第18話 毒舌なご主人様になった!?
――毒舌なご主人様と、従順な下僕。
ストーリーをそのままタイトルにしたような作品だ。
一見するとどこにでも溢れていそうな題材だし、二番煎じだと批判されても反駁しようがないのだが……それでも、僕はこの小説が大好きだった。
ひょんなことからクラスメイトの女子に惚れられた主人公が抵抗するも、その毒舌さと独占欲に蝕まれて――最終的には”堕ちて”しまい、下僕となる。
そんな主人公とヒロインとの掛け合いがとにかく面白くて、心地良いのだ。
口元を緩ませながらも、ついに六周目へと突入してしまった――
「せんぱ〜いっ、超絶可愛い天音ちゃんが来ましたよっ!♡」
ところで、邪魔が入った。
出入り口で決めポーズ(頬に人差し指をつけている)をしている天音を一瞥すると、読書を再開する。
「ちょ、ちょっとなんで無視するんですか〜! せっかく授業時間を名一杯使って考案したのに!」
「はいはい……それと、ちゃんと来たんだな」
「『明日学校に来い、休んだら絶縁する』とかいきなりメッセージ送ってきたのはどこのどなたですか」
「あー、迷惑メールとかはちゃんと区別しといた方がいいぞ」
「それじゃあ先輩はゴミになるので、今すぐゴミ箱に入ってください」
天音はそうやって侮蔑の眼差しを向けてきながら、反対側の椅子に座った。
僕は後頭部を掻きながら、「……悪かったよ」と謝罪を入れる。
読書を中断して彼女を見据えると、天音は哀愁を漂わせながら口を開いた。
「なんか、クラスの雰囲気がガラッと変貌してました……居心地の悪さがなくなったわけじゃないですけど、私に話しかけてくれる人もいました……」
「そうか、よかったな」
「はい……孤立させられたのが嘘みたいです……」
恐喝したことが膾炙してしまう、なんて憂慮すべき事態にはならなかったらしい。
一抹の不安も消滅して、僕はそっと微笑んだ。
「っ……それもこれも、全部先輩が計らったからなんですよね。日和ちゃんの様子がおかしかったのと、先輩の沈鬱な面付きを見てなんとなくわかりました」
「気のせいじゃ――」
「ないですよ。だって先輩がそれ読んでるのって、なにか嫌なことがあった時だけじゃないですか」
ピクリと指先が震えた。
「なんで知ってるんだよ……」
確かに天音が初めて文芸部に訪れた日だって、新入部員が誰一人として来ないことに嫌気が差して読んでいた。他の日だって、決まって嫌なことがあった時にだけ読んでいた。
それを見抜かれていたことに驚愕していると、天音は呆れたような顔つきになる。
「先輩と毎日一緒にいたんですよ? それくらいわかります」
「……こっわ」
そう呟くと、天音はどこか拗ねたように顔をしかめた。
「とにかく……きっと先輩は酷いことしたんだと思います。人には言えないようなことしたんだと思います。だって日和ちゃんだけじゃなくて、先輩もたくさん傷ついてるから……」
「これは自縄自縛ってやつだ、だから気にすんな。むしろ謝られでもしたら絶交する」
「ずるいです……そうさせたのは私なのに、そうやって先輩は……」
天音には事の詳細を話していないのに、きっとなにもかも見通されてるのだろう。それほどまでに彼女に思考力は優れている。
だからこそ彼女は自分自身のせいだと負い目を感じているはずだ……因果応報の元凶は僕であるというのに。
ここで僕が取るべき選択肢は一つ――天音に謝罪させないこと。
それはなんとしてでも遂行させなければならない。
「いいんだよ、こうして文芸部員がちゃんと復帰してくれただけで僕は満足だ」
「じゃあ、これだけは言わせてください……」
天音は目と目をしっかり合わせて、とろけそうなほど甘い笑顔でそう言った。
「先輩、私のこと、救ってくれてありがとうございますっ!」
不意にも笑ってしまった。
あぁ、やっぱり――その笑顔が一番似合ってる。
「あーっ! なんかコケにされた気分です! 私がこんなに感謝するの、なかなかないんですよ!?」
「自分で言うなよ台無しだろ……まぁでも、感謝してるなら恩返しの一つでもしてもらおうかな?」
「え、それはちょっとキモいです、身の危険を感じます」
天音はガタッと椅子を後方に引いて、自分の体を抱えて防御姿勢に入った。
「おい、おかしいだろ。それが恩人への態度かよ、クソかよ」
「むむむ、じゃあ先輩はなにをご所望なんですかぁー!」
「……うーん、これといって思いつかないな」
僕は腕組みをしながら、読んでいた本を見つめていた。
たまたま視界の隅にあって見やっただけなのだが、それを勘違いしたのか天音が―――
「先輩はそれがご所望なんですね……いや、ドMだドMだとは思っていましたが、まさか本当にそうだとは……」
「い、いや、ちょっと待て……」
「わかりましたっ、それでは毒舌なご主人様をしっかりと務めさせてもらいますねっ!」
そう宣言した。
コイツ、なにか盛大に勘違いしてないか……という疑問が浮かんだころには、もう手遅れである。げんなりと俯きながら、ぴくぴくと目蓋が痙攣した。
「……もう、どうにでもなれ」
――これが成瀬咲人と、星空天音が出会った当初のお話である。
***
「なんだか、少女漫画みたいな邂逅だねっ……でもうん、二人があんなに仲良いのにも納得いったよ」
宮寺は足を止めて、不意にそう言った。
少女漫画というジャンルに触れたことがないのでわからないが、物語りみたいな出会いということには同意する。こんな経験は二度としないだろう。
宮寺には念の為、天音が毒舌キャラになった経緯を省いて伝えたが……学校内で『成瀬咲人は星空天音の下僕である』という噂が浸透してきているので、あまり意味はないかもしれない。
どう足掻いても、その結末から逃れられないと最近悟ってきた。
最初は天音も『毒舌なご主人様』を冗談で演じていたくせに、自分がドS気質だったということが発覚してどんどんエスカレートしていった。しまいには拘束されたり調教されたりで、怯えて逃げ出したわけだが……。
馬役をやらされた時の羞恥心は今でも忘れない。
「…………うん、納得だよ」
反芻するように宮寺は呟くと、しおらしく口角を上げた。
「そろそろ施設戻ろっか? 施錠されたらほんとに駆け落ちしなきゃいけなくなるしっ」
「おう、そうだな」
宮寺は向いている方向を反転させると、スタスタと歩いていく。
彼女の背を追いかけていくが……僕にはその背中が、やけに小さく感じた。
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