第32話 天音に決まってる!?

「ん〜、そっかぁ」


 祈聖は腕を組むと、小難しい顔をした。


「なんだかごめんね。キラが成瀬くんを頼らなければよかったかな」

「それは違うだろ」

「……そう言ってくれると助かるかな」


 彼女は夕暮れの空を見上げると、両腕を掲げて背伸びをする。胸が張られて僅かな膨らみが浮かび上がった。身長と胸部は比例しているらしい。そんなことを考えつつ、僕は「どうしたらいいと思う?」と尋ねてみる。


「どうしたらって、成瀬くんが星空さんと仲直りするしかないかな」

「もちろんそのつもりなんだけどさ、また今日も天音を泣かせてしまったし、どうしたらあいつと元の仲に戻れるのかわからなくてさ……」

「う〜ん、別に元の仲に戻らなくてもいいんじゃないかな?」


 どういうことだ……?

 僕は首を傾げると、祈聖は鷹揚と言葉を続ける。


「先輩後輩の関係にもどるんじゃなくてさ、いっそのこと恋仲に進展したらどうかなーって!」

「いや、それはないわ」

「ええっ!? 即刻拒否されるとは思わなかったかな!?」

「……責任の取れないことはしたくないんだよ」


 祈聖はふふーんと意味深長な笑みを浮かべた。

 無論のこと、鈍感でも天然たらしでもない僕は天音からの好意に気づいている。天音の恋心にもいつかは応えなければならないだろう。でも、それは今じゃない。少なくとも今の僕には天音を恋人にして、彼女にして、幸せにしてあげられるほど心の整理が出来ていない。


 けれども、先輩後輩の関係に、曖昧な主従関係に後退するのではなく――正式に”毒舌なご主人様と、従順な下僕”の関係に前進するのは、ああ、意外と悪くないじゃないか――僕はそう思った。


 ただ、悪くはないのだが……。


「はぁ、今のあいつ、取り付く島もないからな……」

「そんな小さなことで悩んでるのかな?」

「君みたいに小さなことじゃないんだ――っ痛いから!?」

「っ〜〜〜〜!! 成瀬くんのすぐに子供扱いするところから解決したほうがいいかな!? このっ、このっ〜〜!」


 ぽこぽこと左右の肩を交互に殴られた。

 小柄な体格に見合わぬ威力が僕の身体に蓄積されていく。しまいには腕の力が抜けてしまって、尻餅をつくような形でブランコから落ちてしまった。


「うんうん、ちょっとは屈託も晴れたかな」


 柔和な眼差しを向けて、祈聖はそう言った。


「……もうちょっとマシなやり方あっただろ」

「えへへ、これがキラなりの恩返しだよ」

「返ってきたのは恩じゃなくて仇だと思うけどな」


 ふっ、と僕は吹き出した。


 ――先輩が私に隠し事をしていたことだけは、どうしても許せません

 天音が怒り募らせていた理由を聞いて僕の心は雁字搦めに締め付けられていたが、多少は気持ちが落ち着いたかもしれない。懊悩が過ぎ去ったわけではないし、天音との接し方も見当付かずだが、疲れ切っていた思考力が回復していった。


「一つ聞いてもいいかな?」

「どうしたんだ?」

「成瀬くんはさ、もしも星空さんと雫とキラ、三人が困っていたとして、誰か一人しか助けられないとしたらどうする?」


 祈聖は右手の指を三本立てて、そう尋ねてくる。

 僕はう〜んと唸りながら、思ったことをありのままに答えた。


「多分、誰か一人を選ぶことなんてできない。僕はみんなを助けようとすると思う」

「ぶ――はあぁぁぁぁっっ!」


 祈聖の柔和な眼差しは消え去り、途端にクズを見下すような視線を投げられる。

 な、なんだよ……みんなハッピーになっていいじゃないか……?

 僕を諫めるように彼女は腰に手を添えた。


「ったくもう! もっと簡単な質問にすればよかったかな!」

「お、おう……?」


 よいしょ、と。

 祈聖はスカートのポケットからスマホを取り出すと、少しだけ間を置いてから再度質問を投げかけた。


「世界は明日滅びます。成瀬くんは地球最後の日を誰か一人とだけ一緒に過ごすことができます。星空さんか雫かキラ、誰を選びますか?」


 それは簡単な問いかけだった。

 僕は喉に突っかかることなく、答えを口にした。


「宮寺や祈聖には悪いけどさ、もちろん――」


 すっ、と息を吸い込んで、吐き出す。



「天音に決まってるよ」



 祈聖は満足そうに笑ってみせた。


「うん、知ってたかな」

「ならこの質問自体要らなかっただろ……割と普通に恥かしかったぞ……」

「あはは、こういうのは言う事自体に意味があるかな」

「……絶対、祈聖にはいつか仕返ししてやるからな」

「あー! DVだーっ! ご、ごめんって、叫ばないからそんなに睨まないでほしいかな……。でもほら、自分でもやるべきことは見つかったんじゃないかな?」

「ああ、そうだな。あとは天音を捕まえる方法さえ見つかれば……」


 僕は立ち上がると、尻についた砂埃を軽く払った。

 祈聖は手合わせしながら服を汚したことについて謝罪をしてくる。それから、にやぁと悪魔的な笑みを浮かべて――


「そんなの簡単かな。成瀬くんも男なんだから、力づくで捕まえたらいいかな」


 そう助言をするのだった。

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