第33話 え、えへ、えへへ!?
放課後になると私は学校から、いや、先輩から逃げるように校門を出た。
私の行動を日和ちゃんが先輩に密告しているかもしれないが、一年校舎の昇降口と二年校舎の昇降口とでは距離がある。その上こちらの昇降口からのほうが校門に近いため、先輩が私を追いかけようともそれなりのタイムラグが生じるのだ
私は時折背後を気にするが、終始先輩の姿は見えなかった。
ため息をつきながら、そういえばと昼間の出来事を回想する。
日和ちゃんこと岩井日和は、中学時代に私を孤独へと至らしめた元凶であるのだが――その彼女がなぜか先輩と関わりを持っていた。
『天音ちゃん、先生に資料運ぶように頼まれたんだけどね、日和一人だと全部持てないから手伝ってくれないかな?』
『……? 別にいいけど』
『ありがとう、天音ちゃん』
珍しく頼み事をしてきたと思ったら、昼間のあれだ。
先輩の手の内は全て把握しているつもりだったけれど、まさか日和ちゃんを使うとは予想外である。ていうか、なにあれ? なんで先輩は日和ちゃんと仲良くしてるの? 私をいじめてきた人だよ? 意味わかんないし……ムカつくっ!
私は道端に転がっている石ころを蹴り飛ばした。
先輩は食堂で遭遇したって言ってたけど、だとしても普通会話する? しないよね? あり得なくない? その上、宮寺先輩だけじゃなくて凛堂なんとか先輩とまで仲良くなっちゃって! うぅ〜〜〜〜っ! 先輩のばかっ! あほっ!
「先輩なんか絶滅しちゃえばいいのに」
帰宅すると着替えもせずに自室のベッドに飛び込んだ。
両足をばたつかせてマットレスを蹴り込んだ。ただのストレス発散である。こうやって適度にガス抜きをしないと、溜め込んだ物を一気に放出しちゃいそうだから。あ、先輩にはもうぶつけちゃったけど。
「先輩に会いたくて同じ高校に入学したのに、先輩が好きだから必死に受験勉強もしたのに、先輩を驚かせたくて首席まで取ったのに! 先輩は私の気持ちをわかろうともしてくれないし!」
不満を大きな声で叫んだ。
家内に響き渡るが、両親は仕事で出払っている。防音設備もしっかりとしている一戸建てを購入したので、近隣の迷惑になることはないだろう。そう思って私は不満を矢継ぎ早に漏らしていく。
「しかもしかも! いざ入学してみたら宮寺先輩とかいう割と綺麗な女と親しくしてるし! ちゃっかり勉強合宿も同じ部屋で寝泊りしてるし! その上あのメンヘラ女とまでお近づきになってるし! はぁ〜〜〜〜!! もうっ!!」
私は上体を起こすと、それなりに高い値がした低反発の枕を双手でぶん殴った。
このっ、このっ、このっ、このっ! 先輩なんてそのうち刺されちゃえばいいんだ! あのメンヘラみたいな女とか先輩のこと刺してくれそうじゃん! というか、いっそのこと私が先輩を刺しちゃおうかなぁ! 先輩を殺して私も死ねば万事オッケーだよね!
ふへ、ふへへ、と変な笑いが口から出た。
次から次へと新しい女を連れてくる先輩が悪いんだ。
私のファーストキスを奪っておいて(正確には私が襲った)、他の女とデートするなど笑止千万である。
確かに先輩とメンヘラ女にも事情があったのはわかったし、仮にデートすることを百歩、いや千歩譲ったとしても、それを隠すことはないよね?
どうせ先輩は一日で済むことだからとか、私に余計な心配をさせたくないとか、そんな欲しくもない優しさを振り撒いただけなのだろう。長い付き合いをしてきただけあり、先輩の勘違いが先行した正義感は嫌という程知っている。
だから、事情を聞いて納得はしたけど、頭ではわかっていたけど――
それでも、隠されていたことだけは酷く不快だった。
これは理屈じゃないのだ。
先輩が他の女と仲良く歩いている姿を見て、驚いて、泣きそうになって、一度刻み込まれた印象は、もう消えない。私の傷心は簡単に癒えない。土下座されたって許してやるもんか。
「許したくないけど……でも、先輩と会えないのも嫌だなぁ……」
支離滅裂で矛盾だらけな自分の心情に、私はちょっとだけ嫌気が差した。
でも、私は都合の良い女にはならない。
先輩がそれ相応の誠意を行動で示さない限りは、ずっと外方を向いてやるつもりだ。
私は顎の下に枕を挟むと、スマホを取り出してSNSなどを見て回る。お腹が空くまでしばらく時間を潰していると、ぴろりんとツイッターの通知が鳴った。
「……あのメンヘラ」
私になんの用だろう?
トークを開いて既読をつけるか逡巡するが、面倒臭くてやめた。素直にメッセージを見てみると、そこには文面はなく一つの音声ファイルが添付されているだけだった。
「なんだろう、これ……?」
私は流れるように音声ファイルを開けた。
木々の葉が風に揺れる音がしながら、二人の声が響く。
その声の主は先輩と、聞き覚えはないが恐らくあのメンヘラ女の声だと類推できた。
『世界は明日滅びます。成瀬くんは地球最後の日を誰か一人とだけ一緒に過ごすことができます。星空さんか雫かキラ、誰を選びますか?』
『宮寺や祈聖には悪いけどさ、もちろん――』
何度も聞いた先輩の呼吸音が微かに響いて――
『天音に決まってるよ』
「っ〜〜〜〜〜〜!? な、なっ!?」
なにこれ!?
私はベッドの上で悶えると、もう一度音声を再生する。
『天音に決まってるよ』
「あぁ〜〜〜〜〜〜〜!?」
自分でも顔が茹っているのがわかった。
先ほどまで不機嫌極まりなかったのに、打って変わって上機嫌になっているのが自分でもわかった!? えぇ!? なにこれなにこれ!? ズルくない!?
こ、こんなことで私が許すとでも……ぬぐぐ……。
もう一度、再生ボタンを押すと、
『天音に決まってるよ』
「ぅぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!? え、えへ、えへへ〜〜〜〜っ!!」
私ってこんなにもちょろいんだ。
そう自覚せざるを得なかった。
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