第6話 欲情してしまった!?

 はぁ……、やってしまった……。


 一時的な背徳感に興奮し、文字のごとく下僕になってしまったことを酷く後悔していた。

 まるで麻薬みたいに脳内を縛り上げて洗脳するかのような、飴と鞭の使い分け。


 冷酷な声音で叱責されて、その直後にあの甘ったるい声音で囁かれたら余裕で理性が吹き飛んでしまう。

 天音から発せられるお菓子のような甘い匂いも、身体を密着させてくるタイミングも、反則すぎるあの笑顔の使いどころも、なにもかもが計算され尽くされている。


 正直、このままでは天音が”堕とす”と宣言した通りになってしまいそうで、僕としてはどうにか現状を打破したいのだが……。


「ふんふんふんっ♪ えへへ、先輩の匂いでいっぱいだぁ~」


 夜飯は外食で済ませたのだが、家に帰ってきてからというものの、天音はベッドに埋もれてずっとこのような感じであった。


 コイツ、僕の気も知らずにのうのうと……。


 かくいう僕はベットを占領されてしまっているので、カーペット上に三角座りをして項垂れていた。


「あ、このシーツとまくら持ち帰ってもいいですかっ?」


「いいわけあるか!?」


「むぅ、強情ですね。代わりに私の使用済みパンツとブラあげますから、それで妥協してくださいよ~」


「生活必需品を奪われて需要ないもん置いていかれても困るんだが……」


「え、需要ありまくりじゃないですか。夜のおかずになること間違いなしですよっ? むしろ私以外のもので済ませるとか舐めとんのかって感じです」


「…………ノーコメントで」


 マセタ、本当にこの子マセタわ。

 中学時代の積極的なアプローチといえばキスくらいだったのに、多種多様な駆け引きを身につけてしまっている。


 未だに天音からはノーマルなキスしかされたことはないが、それですら緊張と快感に溺れていたというのに、今後は一体全体どうなってしまうのだろうかという不安に駆られた。


「ノーコメントってなんですかぁ! どうせ先輩、私にキスされた日はそれを思い出してシコシコしてたくせにっ!」


「っ…………そ、そんなわけないだろー」


「なんですかその棒読み、ちゃんと当たってるじゃないですか」


 なにも反論できないのが癪だが、天音が言っていることはなにも間違っていないので仕方ない。


 思春期真っ盛りの中学生男子だった僕は、それがさも当たり前かのようにしていたが……理性的になった高校生男子の僕は、同じ過ちを繰り返さない……予定だ。


「安心してくださいっ、私も先輩で妄想しておなにーしてたので!」


「ぶっ――ゲホッゲホッ、女の子が軽々しくそんなこと言うなよっ!?」


「えぇー、私はお互い様ですねってことを伝えたかっただけなのにー! 先輩でしかしたことないからいいじゃないですかぁ〜」


「そんな事実は聞きたくなかった……」


 不貞腐れていると、天音が布団をポンポンと叩いた。


「せーんぱいもこっち来てくださーいっ」


 命令に背けるわけもなくベッドに乗ると、天音がグイッと引っ張ってくる。

 天音の細腕のどこからそんな力が出てくるのかはわからないが、僕は容易く倒されて彼女に抱擁されてしまった。


「すんすんっ、はあぁ〜……やっぱり生の先輩が一番落ちつきますね〜。精神安定剤として我が家に一台欲しいです」


 僕の胸板に顔をうずくめると、天音はそう言った。


「遠回しのプロポーズとかやめてください。まだ18歳未満です」


「じゃあ18になったら結婚はしてくれるんですねっ!!」


「言葉の綾だろうが……」


 ムスッとした天音は力強く僕を抱きしめると、息苦しさを感じると同時に、胸の感触がもろに伝わってきた。


「っ…………」


 悶えそうになるのを必死に押し殺していると、天音はそれを見越していたのか、僕の耳元で「大好きですよ」と囁いた。


 それは、反則……だろ……。


「はあぁぁ〜〜〜〜〜〜もうっ! なんでそんなに可愛いんですかぁ」


 お気に入りの玩具で遊ぶように、天音は口元をニヤつかせて目をきゅっと細めた。


「このままちゅーしたいんですけど、ダメですかー?」


「っ……、だ、ダメに決まってるだろ……」


「あはっ、動揺してる先輩もかわいーっ♡」


 つんつんと僕の頬をつつきながら、僕の首筋をペロリと舐めてくる。

 ゾクリと、肌身が震えた。


「あれれぇ、せんぱぁい……アソコがムクムクしてきたんですけど、どうしたんですかぁ? 私のお腹に当たってますよ?」


「…………気のせいだ」


「ふふっ、しょーがないですね。見なかった……こほん、当てられなかったことにしときます」


 なんとか貞操は守られたらしい。

 天音のことだから、いっそ襲われるのではと思ったが杞憂だったようだ。

 とはいえ、安堵が顔に現れていたのか、あるいは思考を読んだのかは定かではないが、天音はクスリと微笑んで僕に告げた。


「勘違いしないでくださいねっ? 先輩のことは大好きですし、今すぐ食べちゃいたいくらいですけど、強引にそーいうことするつもりはありませんよ」


「……意外だな。てっきりそのために泊まりに来たのかと」


「酷いですねー、ちゃんと宣言したじゃないですか――”堕とす"って。先輩が欲情を抑えられないように躾けて、理性崩壊した先輩から襲われたいんですよ~」


「策士だな……思うようにはさせないけど」


「そーやって抵抗してくれる方が私的にそそるので、とことん反抗してくださいねっ! あ、でも浮気だけはダメですよ?♡」


「へいへい、わかったから風呂入ってこい」


 天音を突き放すと、「は~い」と素直に風呂場へ向かった。

 晩飯を奢るという苦肉の策を講じてしまったが、「風呂は別々にしてくれ」という頼みもすんなりと聞いてくれた。


「はぁ……参ったな……」


 天音からは最後の領域を踏み込んでこないが、その一歩手前で性欲を煽り立ててくる。それはいわゆる生殺し状態であり、僕がいつまで理性を保ち続けれるか予断を許さない。


 彼女から歪とはいえ好意を抱かれているのは重々承知しているし、その気持ちが本物であることも理解している。


 では僕は?

 天音は控えめに言ってもめちゃくちゃ可愛い。スタイルはいいし、甘ったるい声音だって嫌いじゃないし、明るい性格も素敵だ。


 正直非の打ちどころがないくらいなのだが、過去に出来た大きな溝がどうしても天音を拒んでしまう。

 そもそも自分はどうしたいのか、自分はどういう気持ちなのかすらも整理が難しくなってきていた。


 分からないことだらけで、僕は再三ため息をついた――それと早く収まれ。

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