第14話 邂逅が最悪すぎる!?

 うちの中学では、部活動という青春活動に尽力する者はあまりいない。

 生徒総数のおよそ三割ほどが他人名称”帰宅部”――正式名称”文芸部”に参加している。


 部活動強制などという時代に合わぬ制度は、どうやら親から反感を買うらしい。

 学校側も帰宅部というありもしない存在を黙認してしまっている。


「どうせ新入生も来ないだろうな……」


 特別棟の三階、その一室で僕はボヤいた。

 文芸部であるこの教室から俯瞰できる中庭の桜風景も、どうせ彼ら彼女らは眺めることがないのだ。そうやって中庭でイチャついている男女に舌を打ちながら、読書を再開した。


 もうそろそろ部活動の参加申し込みも終了する。

 大多数の新入生がきっとうちに所属していることだろうが、悲しいことに誰一人として挨拶にすら来ないのが現状だ。

 ページを捲りながら諦めに浸っていると、勢いよくドアが開かれた――


「こんにちは〜! ……ってあれ、やっぱり全然人いないんですね。ところで先輩、なんで椅子から落ちそうになってるんですか?」


「……ビックリしすぎて、つい」


 目をパチパチさせて、出入口を塞いでいる彼女を見やった。

 彼女の言動と、上靴の色から察するに新一年生だろう。この新入生がどうして文芸部に来たのか、それだけは皆目検討つかずであったが。


 手をつい緩めてしまい、机に落としてしまった本を閉じた。


「ふーん……あ、改めまして、一年の星空天音って言いますっ! 文芸部に所属することになりましたので、よろしくお願いしますっ!」


 長机の対面にある椅子に腰を下ろしながら、彼女は自己紹介をした。

 間断なく笑顔を浮かべている彼女から、どこか不気味らしさを感じる。気立てはいいし、ルックスだって学年トップクラスで可愛いのだが、なにを考えているのかわからない。それが彼女に対する第一印象だった。


「僕は成瀬咲人、こちらこそよろしく」


 淡々と挨拶を済ませて、僕は読書を再開した。

 本を読むことを生業とする文芸部員が、これ以上の会話は不要だろう。そうやって本に視線を傾けると――


「え、それだけですか……? 塩対応すぎて私がビックリするんですけど……」


 彼女がようやく笑みを崩した。


「ん……ああ、本持ってきてないならそこの読んでいいよ。図書室からパクッてきたやつだから」


 長机に積まれている本を指差すと、彼女はこめかみを歪めたような気がする。


「あ、はい……って、図書室からこれパクッたんですか、窃盗罪で捕まっちゃいますよ」


「生徒の特権を行使したまでだ、僕はなにも悪くない」


「そーですか、なんか変わってますね、先輩」


「こんなとこ来るやつに変わってるとか言われたくねーよ……」


 そう呟くと、彼女はいたって真面目そうな表情で問うてくる。


「自分で言うのもなんですけど、私ってめっっっちゃ可愛いじゃないですか。こんな可愛い子がなんで文芸部に来たんだろうとか、先輩、疑問抱いてるんじゃないですか?」


 めっちゃの部分をやたら強調して、彼女は首を傾げた。


「読書の邪魔してくれなければ理由なんかなんでもいいけど……でもまぁ、なんで青春のせ文字もない文芸部にわざわざ足を運んできたのかは気になるな」


「はぁ、どっちですかハッキリしてくださいよ」


「じゃあ知りたいから教えてくれ」


 大方、内情を語りたいからそんな話題振ってきたんだろう。

 拒否したところで強引に聞かされそうだったので、さっさと済ませようと催促する。


「むぅ、なんだか納得いきませんが……とにかく私、可愛いじゃないですか。学校内カーストだってトップだし、入学してからもう何人かの男子に告白されました」


 素早く頷いていると、どうでもいいという心情を悟られたのかコツンと蹴られる。


 小学校と比較しても生徒総数が増大する中学校では、いかに群れることができるか――それがスクールカーストを決定する要因であろう。

 もちろん例外もあり、彼女のようにゲームスタート時からレベルカンストされているような美少女はカーストトップに位置付けられるのが至極当然だが。


 だが、彼女はそれが不服かのように話しを続けた。


「うんざりなんですよね。可愛いからって告白してくるオス猿にも、異様に群がってくるメス猿にも」


 そこまで内情を語られて、ようやく理解が行き届いた。


「――可愛いやつとカップルになれればクラス内の覇権を握れるし、人気者と仲良しこよししてれば自分のカーストも上げれる……そうやって利用されるのが嫌ってことか。とどのつまり、お前は自由になりたいわけだ」


「当たりです、さすがはボッチで読書ばっかしてる先輩は違いますねっ! あ、あとお前じゃないです、天音って呼んでください」


「うっせ……中学生に上がると陽キャになりたいってやつが腐るほど現われるからな」


 天音からしたら、そんな小競り合いの道具にされているような気分なのだろう。

 気持ちはわからんが、なんとなく理解はできる。

 助言を欲してそうな彼女のために長考していると、天音は小さな声で不安を漏らした。


「…………やっぱり、私がおかしいんですかね。猫被ってれば文句なしの学校生活を楽しめれますもんね」


「世間一般からしてみれば、まぁおかしいだろうな……僕はどうとも思わないけど……そんなのは個人の自由だし。現にこうして僕がボッチでいるのだって、慣れてしまえばどうってことはない」


「あ、それは先輩がおかしいだけですよ」


「――帰る、じゃ」


 カバンを手にかけようとすると、天音が慌てて「冗談ですよ!?」と引き留めてくる。


「もう、本気にしないでくださいよ……」


「初対面の後輩にそんなこと言われたら傷つくだろうが、クソが」


「えへへ……とにかくチンパンジーと群れるのはやめにして、人とは違うことしようかなって考えたわけです」


「だから文芸部か。忠告しておくけどな、ここには青春なんてないぞ」


「青春はなくとも面白そうな先輩が一人いるので、しばらくはそれで我慢してみますっ!」


「使い捨てオモチャみたいな扱いにするのやめろよ……」


 天音は満足そうに笑い飛ばした。

 きっともう大丈夫だろうと、僕は再び読書をすると天音が身を乗り出してくる。


「先輩はそれ、なに読んでるんですかっ?」


「ああ、『毒舌なご主人様と、従順な下僕』っていうラブコメだけど。もうちょっとで五周目終わりそうだから邪魔しないでくれる?」


「あっ、それ面白いですよね! 私も読んだことありますよ! 男子高校生が抵抗するも、毒舌なクラスメイトの女子に堕とされていくやつですよねっ! 調教シーンとかキュンキュンしちゃいます!」


「……だから邪魔しないでくれる?」


 手であしらうと、天音は頬をパンパンに膨らませた。

 フグのような顔付きになっていたが、静かなのでガムテープで口元を塞いでやろうかと策略していると、天音は椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。


 そのままこちらまで近づいてくると――


「ふうっっっ」

「ひゃっ!?」


 耳元に息を吹きかけてきやがった!?


「先輩、『ひゃあ!?」って、面白すぎです……あーお腹いたい」


 小馬鹿にするように腹を抑えて笑い転げる天音。

 そのまま呼吸混乱になってしまえと祈りながらも、僕は大きくため息をついた。


 これが成瀬咲人と、星空天音が巡り合う初日のお話である。

 天音が毒舌でウザくなるのは、もう少し経ってからのことだ――。

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