第16話 惚れられたのかも!?

 ピンク色の絨毯の上で、あぐらをかきながら天音を据えた。


 ――先輩、もうちょっとだけ、一緒にいてください。

 ――わ、わかったから、腕解いてくれ。


 天音の懇願を聞き入れると、彼女はすんなりと離れてくれた。

 背中越しに伝わってきた柔らかな感触と、天音特有の甘ったるい匂いに苛まされて、心音がバクバクしていたがそれも落ち着かせて。

 いやコイツちょっと前まで小学生だったくせに発育良すぎだろ、というツッコミも置いておいて、ようやく本題に移ることができた。


「……どうしたんだよ」


 そう問いかけると、天音は「わかんないです……」と悲痛そうに答えた。


「これくらいの体調だったら、ほんとは学校行けたんです……でも、行きたくなくて……」


 天音は三角座りをすると、パジャマの袖先で目元を拭った。


「クラスの男子からいっぱい告白されました……クラスの色んな女子から遊ぼうって誘われました……でも、先輩との部活楽しくて……すんっ、その時間を割かれるのが嫌で……ぐすっ……全部断ってたんです……っ」


 くしゃりと顔を歪ませた天音は、その涙をポトポトと落としていく。


「そしたら男子からは恨まれて、女子からは妬まれて……なんで、ですかね……いつの間にか、孤立しちゃってました……」


 堰止させていた感情を解放させると、矢継ぎ早に真実を語っていった。


 クラス内の男子らはちょっとした小競り合いがあったらしい。

 『天音と付き合えるのは誰か』という告白競争が生じていて、教室内はかなりギスギスしていたようだ。SNSなどが活発化してきている今世では、プロフィール欄に『天音の彼氏』とでも記載しておけばチヤホヤされること間違いない。

 そこに恋愛感情の有無があるかは定かではないが、そんな風潮が止められていない時点でもう察しがつくだろう。


 そして、その事実はどんどん感染していく。

 クラス内の女子からしてみれば、これほど気分を害することはない。

 秀逸したルックスの天音だけがチヤホヤされる世界なんて、理不尽だ、おかしい、間違ってる。カースト上位組であればあるほど、そう捉える輩は少なくないだろう。

 その上、『カーストトップがカースト上位の遊び誘いを断った』ということもまた、彼女らが苛立つ要因でもあったはずだ。まだまだ子どもの中学生からしてみれば、それだけで怒りの矛を向けることの理由になり得る。


 いつしか一人の女子生徒が、天音に対抗すべくクラスをまとめあげたらしい。

 不満が募り募った彼ら彼女らが集団になるのは容易かっただろう。

 男子には『天音に寄るな』と、女子には『天音を敵視しろ』と、その女子生徒はクラスメイトにそう指示したらしい。天音を除外すればその女子生徒が事実上のカーストトップになったわけで、もちろん誰も逆らわなかったようだ。

 そこから孤独になるのは必然的で、ついには不登校になってしまった……と。


 そこまで口にすると、天音がぎゅっと抱きついてくる。


「きっと、私がおかしかったんです……間違ってたんです……だからこれは、その報いなんですよ……」


「それこそ、間違ってるだろ……」


 天音自身が先んじて行動を改めれば、状況はなんとかなったのかもしれない。

 でもその状況に追いやったのは、きっと僕で。

 だから僕は……。


「いいえ……だって入部当日に断言したじゃないですか、『群れるのはやめる』って。その挑戦が失敗しちゃっただけなんです。でも、先輩に吐き出したらちょっとは楽になりました、ありがとうございますっ」


 天音は強引に口角を上げてみせた。


「じゃあ、なんで、どうして……天音はそんなに苦しそうにしてるんだよ……っ」


 その天音の作り笑いを見て、さらに自分に腹が立ってくる。

 下唇を強く噛んでしまい、口内の鉄の味が広がった。


「だって、これは自業自得なんですよ。誰のせいでもない、私のせいなんです。だから、そうやって自分を痛みつけるの、やめてください」


 再度、天音が泣き崩れそうになった。


「もう学校は行けそうにないですけど、こうして先輩が時折顔を見せに来てくれれば大丈夫ですから……だから、先輩まで泣かないでくださいよ……ばか」


「……泣いてなんか、ない」


「…………先輩のばか」


 泣いてなんか、いられないだろ。


 天音からのSOSは何度かあったのだろう。

 先週での部活動、あの挙動のおかしさがまさしくヘルプサインだった。

 それに対して、僕は天音の意思を最大限汲み取ろうとしたか? 気づこうとすらしなかったんじゃないか? 実質的に天音のことを一番傷つけてたのは誰だ?


 ――お前だろうが、クソが。


「天音を孤独に追いやったやつの名前、教えてくれ」


「……なんでですか」


「いいから」


「…………岩井日和いわいひよりって子です」


「そうか」


 主犯格の名前をしっかりと脳内に焼き付けて、天音の頭を撫でてやる。


「僕が、天音を救ってやる」


「なんですか、それ……やめてください、惚れちゃうので……」


 彼女は目じりに涙を溜めながら、「ふふっ」と笑った。その笑顔のおかげで、罪悪感が軽くなったような心地になる。


 だって彼女の笑みが、今までで一番素敵なものだったから――。

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