決着?

「先輩、お待たせしました」

「おぉ! よく来てくれたね! ほら、座りな座りな」

 翌日の昼休み。

 俺は約束通り、一人で食堂へとやって来ていた。

 昨日と違い、昼休みに入ってから直ぐに食堂へ来てしまっている為、より多くの生徒が賑わっている。

 正直、先輩と連絡する手段が無かった為、この人混みの中で会えるか心配だったが、どうにか杞憂に終わった事に、ほっと安心しながらも、俺は先輩の対面の席へ腰を下ろした。

 

「なに、今日もカレー?」

「えぇ。なんかいつもメニューで迷ってしまって……そういう時は安定のカレーにしちゃいますね」

「そっか。まぁ美味しいからね。私も好きだよ」


 俺はカレーを一口食べながら、先輩の事を改めて見る。

 彼女も昨日と変わらずラーメンを食べているようで、美味しそうに啜って食べる様はそれらなりに絵になっていた。


「そういえば、彼女等はどうしたの? 今日は一緒じゃないみたいだけど?」

「……そんないつも一緒って訳ではありませんよ。今日は別です」

「ふーん。別、かい……その割には、随分と近くにいるようだけど?」

「え?」


 先輩の視界の先。顎で示された方向をチラリと振り向くと。


「「「あ」」」


 俺達の座る二つ先のテーブルで、里香と翔子が普通に昼食をとっていた。

 昨日二人と打ち合わせをしていた為、特に今日は相談をせずにいたのだが。

 まさか、このそれなりに広い食堂で、こんな近くに座っているとは思いもせず、何の確認も無く先輩の対面に座ってしまっていたが、どうやら失敗だったらしい。


「ちなみに二人は何時からそこにいたかわかりますか?」

 俺は里香達と目が合いながら、先輩へ確認を取る。

「うーん。たぶん君が席に着いた辺りじゃないかな? さっきまで違う生徒が座っていた気がするし」

 なるほど。アイツ等俺の事が気になって結局様子を見に来たな?

 必要ないと言ったのに……。これで先輩が二人にも話を振ったら、それなりに大きな声で会話をする羽目になるし、余計目立つ事になってしまう。


「先輩。ちょっと近くにオマケがいたみたいですが、今日は俺と先輩の二人だけで話し合うって事でいいですか?」

 俺はもうお手上げとばかりに肩を竦めて、開き直ると、肩を震わせて笑っている先輩に、もはや懇願に近い提案する。

「――あぁ構わないよ。何やら予定と違ってるらしいからね」

「はい。正直予想外です」

「どんな予定だったのか気になる所だけど。そんなに二人がいたら君にとっては不都合なのかな?」

 そんな先輩の問いかけに、俺は素直に首肯して。

「あまり二人を目立たせたくないっていう昨日の先輩の指摘。あれは本当ですから」

「そっか。なら仕方ないね。彼女達の記事もいずれ書いてみたいが、男の子にそんなに頼まれちゃ仕方がない」

 その代わり、何か私に少しは譲歩してくれるのだろう?

 暗にそう言いたげに俺を笑顔を向けてくる先輩へ、苦笑い気味に曖昧な返事をしつつ。


 さて、どうしたものか。

 こうなってくると、すべてがダメだと言い辛くなる。

 ある程度先輩の要望を通しつつ、あまり目立つ事の無いレベルでの妥協をしてもらわねばならない。

 その匙加減が難しく、カレーを食べる手を動かし続けながら、間を繋ぎ、妙案を探す。




「難しい顔をしているね――――ならこうしよう。私も君をメインに据えた記事の構成を見直そう。その代わりに、君の事を書かせてもらう」

 それは先輩からの妥協案。

 一見すると互いが譲歩して、無難なラインに落とし込んだ意見の様に感じる。

 だが、ここで恐いのは先輩の言う『多少』の加減。ここをハッキリとさせておかなければ、実質彼女が好きな範囲で記事を書いたとしても『多少の範囲内だ』と言われてしまう可能性がある。

 だから。

「わかりました。では記事構成の一割以下。その範囲で正確な情報のみを脚色無しで書いて頂く分には、構いません」

 その為、まずは出来るだけ具体的に、『多少』のラインを引き、その上で、変に記事を盛り上げる為の餌にされないように釘を刺す。

 俺の事で、ある事ない事書かれてしまっては堪ったものではない。


「ふーん。なるほど、そうなるのか」

「はい。どうでしょうか?」

 俺の訂正案に、先輩は幾度か頷く様に何かを考えながら、虚空を見つめ。


「分かった。ではその案で! ご協力感謝だよ!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 差し出された先輩の手を握り返し、俺はホッと息を吐く。

 何とか大きく拗れることなく済んだ。と言った所か。

 まぁ結局記事を書かれる事にはなってしまったが、この程度なら左程目立つ事も無いだろう。

 チラリと里香と翔子の方を向けば、此方を心配そうに見つめる眼差し。

 大丈夫。何とかなったよ。

 そんな思いを込めて見つめ返していると。

「あ、そうだ!」

「――はい? なんですか?」

 これで会話は終わりだろうと油断した為、数瞬遅れて反応した俺に。

「連絡先! 交換しよ?」

 手にスマホを持って振る先輩が、笑顔を向けていた。 

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