保健室

「あのね、亮君。何か私に言う事はない?」

 消毒液やシップの臭いがどこからともなく漂う保健室。

 先生と入れ替わるように、ここにやってきた翔子は、俺に笑顔で開口一番、先の問いを発した。


 あー。これは怒っていますね。はい。

 そもそもの発端は、俺が翔子から里香の怪我をしたと聞いた途端、彼女を無視して保健室へと向かってしまった事だ。

 今思い返すと『急がなくても大丈夫だから』とか『待ってよー』とか後ろから聞こえていた気がするが、完全に無視をしていたし。


「す、すまん。ちょっと気が動転したんだ」

「知ってる? 学校の廊下は走っちゃいけないんだよ? 入学早々そんな現場を先生方に見られたら、亮君は今後そういう子だって思われちゃうんだよ?」

 静かに怒る翔子は、恐い。もはや自分の親に怒られるよりも、翔子に怒られる方が恐いまである。


「はい。すみませんでした。反省します」

「うーん。定型文だけど、まあいいか。許します」

 次から気を付けてね?

 そう話を締めくくると、翔子は先ほどまでのどこか凄みを感じる笑顔から、柔らかな印象を受ける微笑みへと表情を変える。

 同じような笑顔なのに、その笑顔のニュアンスが分かるのは、翔子が分かりやすく変えてくれているのか、それとも少しは幼馴染としての、俺の見る目が養われてきたのか。どちらなのだろう。

 そんな疑問を抱きながらも、何とかこの場を切り抜けられた事に、気持ちが弛緩する。

 

「里香、歩けそう?」

「う、うん。まだちょっと痛いけど、歩けなくは……ないかな」

「あ、今無理に歩かなくてもいいからね! 今は安静にしてて!」

 翔子は俺との会話を終えると心配そうに里香の様子を伺う。

 その言葉に答えるようと、里香は立ち上がり歩いて見せようとする。が、流石にそれをされるとこちらの気が持たない。だって見るからに痛そうだし。

 翔子も同じ気持ちだったのだろう。立ち上がろうとする、里香の両肩に手を置き、座っているように促した。

 

「でも、こんなのちょっと待ったからってすぐ良くなるものでもないよね?」

「先生が言うには全治二週間だってさ」

「それは、また……。病院で見てもらわないとだね」

「そうだな」


 などと、俺と翔子が話をしていると。


「過保護か! 大丈夫だよ。冷やしてシップしておくから」

 里香が嫌そうに、会話に割り込んでくる。


「なに言ってんだ。捻挫だって立派な怪我だぞ。ちゃんと病院いって見てもらわないと」

「この辺にいい所あるかな、調べてみよ?」

「だーから大丈夫だから! ほら、取りあえずしばらく様子見ようよ! ね! ね!」

 あまりの必死の抵抗に、俺と翔子は顔を見合わせる。

 そういえば里香は昔から病院苦手だっけ……。


「どうします? 翔子さんや」

「うーん。まぁ養護教諭の指示を仰いでからかな」

「やーだー。だいじょうぶだもん!」


 などとバカ騒ぎをしながら、俺は保健室でしばらくの時間を過ごしていたが。


「あ、そういえば体力測定は……? 」

「「あっ」」


 里香がぽつりと呟いた言葉に、お喋りに夢中になっていた俺達は現実に引き戻される。


「これ、まだ間に合うのかな?」

「……まぁ里香もどうせ再度やる感じだろ? なら俺達も同じ日にやらせてもらうしかないだろ」

「えー。そういう問題なの?」


 俺が適当に言った返答は、先生が保健室へやって来るなり、直ぐに各々、測定に戻るようにと促され、間違えであった事を突き付けられた。

 まぁそうなりますよね。


「里香! 帰り大変だろうから、教室に迎えに行くからな!」

 翔子と一緒に渋々保健室を出ると、俺はそう言い残して保健室を後にした。

 なんか中で『え? もう学校で普通に話していいの!?』とか騒いでいた気がしたが、聞えないフリをしておいた。

 さて、どうしたものかね。

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