一緒に帰ろう

 こっそりと教室の中を覗くと、案の定とでも言おうか、そこには椅子に座る里香と、机に腕を乗せ里香と話す翔子の姿が見受けられ。

 その周りには幾人かの女子が、時より二人の会話に混ざりながら、大きなひとつのグループとして輪を作っており、とても声を横からかけられるような空気ではなかった。


「えー、あの中に割って入っていくの……無理じゃないか?」

 あまりのムリゲーに思わず小声で独り言を呟いていると。

「いやいや、無理じゃないって。いけるいける」

「まぁ入口の方から声かけてみて、後は流れで教室から連れ出せばいいんじゃないかな?」

「うお!? お前らいつの間に!」


 ちゃっかりついて来ていた木戸と楓が、俺の背後で、同じようにこっそりと教室の中を覗いていた。

「……おまえら暇なのか?」

「なんだ失礼だな。暇というよりは」

「あんな風に亮平君が言うから、気になって様子を見に来たんだよ」

「いや、二人共顔が笑ってるぞ」

 すっごい楽しそうな顔をしながら、そんな事ないと首を振る二人。くっそ絶対楽しんでやがる。他人事だと思って……。

 そうだ!

「よし、二人共一緒に教室入らないか? それなら注目度も分散するし――」


 『一緒に教室』と言った辺りから、そそくさと俺から距離を取る二人。何、打ち合わせでもしてたの? なんでそんな息が合うの?

 口パクでおそらく頑張れとエールを送ってくれている楓と、どこまでも楽しそうにサムズアップを俺に向けてしてくる木戸。

 木戸は後で痛い目に遭ってもらうとして、どうやら孤軍奮闘しないといけないようだ。

 なんだかここ最近里香に気を取られていたが、俺だって田舎育ちの周りがみんな知り合いみたいな環境で育ってきているのだ。

 同い年の知らない女子が多くいる教室に入るのは、緊張する。とても。


 ドアの隅に隠れながら、心を落ち着かせる為に幾度か深呼吸を行う。よし。

「し、失礼しまーす」

 言ってから、いちいち教室入るのに声かける必要なくね? と気づいてしまったがもう後の祭り。


 教室内に残っていた人達の視線が、一斉に俺の方へ向く。

 無論、その中で知った顔など里香と翔子以外いない訳で。

 うおぉおー。やめろ見るな。

 早鐘の如くなる心臓の音を自ら聞きながら、俺は一歩踏み出す。

 自分でも顔が引きつっているのが分かるくらい、緊張していた。

 それでもまだマシなのは、やはり里香と翔子がいるから。


「やっときたよ~。待ちくたびれる所だった~」

「悪い悪い。ちょっと野暮用が、ね」

 

 翔子が俺に声をかけてきてくれる。これには幾分か気が紛れたので良かったのだが、そのことで、教室内に残った人からざわつきが生まれた。

 あぁ。やっぱ二人は注目度高いから、こうなるよな。

 先ほどまでの視線は、訝しむような視線だとすれば、今の視線は好奇の視線。

 探るように俺と翔子の間を視線が行き来するのが、視界の端で見える気がして。


 ここで俺がヘマしたら、翔子達の評価に関わる!


 全神経を使うつもりで、俺は自分の動きを制御する。

 ぎこちなくなるな、ぎこちなくなるな。


「亮君、なんか緊張してる?」

 俺が、二人の傍まで近づくと、翔子が小声で俺に囁いた。

 その面白いおもちゃを見つけたみたいな微笑みに、先ほどまで話していた木戸や楓の面影を感じ、ちょっとムッとした気分になる。

「べつに……そんなの事ないよ」

 そっぽを向くように翔子から視線を外すると、いまだ席に座り、俺の方を窺う里香へ視線を合わせ。

「まだ痛いだろうけど、帰れそうか?」

「……うん」

「そっか。荷物は俺が持つから。肩も貸そうか?」

「ん、平気。亮平の肩高いから掴みにくいし」

 そういうと、里香は腕の力を使うように机を支えに立ち上がる。

 ただ、やっぱりその仕草は、右足を大きく庇うような動きで、とても歩きにくそうに見えた。

 

「取りあえず、腕にでも掴まっておけ。転んだら危ない」

 俺はそういうと里香の正面へ、掴りやすいように肩から腕を上げた。

「体重預けてくれていいから、抱き枕を抱くみたいにしっかり掴んでおけ」

「え、でも……」

「いいよ。俺の事は気にしなくて。お前の体重くらいなら余裕だ。なんなら抱っこしてあげようか?」

 俺がからかうように挑発すると、里香は渋々、といった感じで俺の腕に体重を預けてきた。胸の中に抱え込むように。


「良し、それなら多少は大丈夫だろ。きつくなったら言えよ。そん時はおんぶでも何でもしてやるからな」

 里香に掴まれた左腕を出来るだけ動かさないように、彼女の鞄と自分の鞄を右手に持ち、俺は歩き出す。

 なにやら背後から女子の戸惑うような声が聞こえて来た気がしたが、その後翔子が何やら喋っている声も聞こえたし、上手くフォローしてくれているのだろう。

 

 これ以上見世物にならないよう、俺と里香はそのまま教室を出た。

 後から追い掛けて来るであろう翔子には、悪いと思いながらも。

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