帰宅

「よし、着いたぞ」

 がっしりと腕に掴る里香を支える様にして歩き帰った俺は、玄関のカギを開けると、荷物を置いて里香を座らせ、足を軽く上げさせる。

「ほれ、靴脱がすぞ」

「ちょっと、それくらい……」

「いいからいいから」

 抵抗をしようとする里香を手で制し、黒く真新しいローファーを脱がす。顕になったのはソックスに包まれた片足。既に右足については包帯の兼ね合いで、ソックスは履いておらず、素足に包帯を巻いた状態だ。

 そんな里香の足は小さく、俺の掌と変わらないようなサイズ感に、少々戸惑いつつも、ぺたんと座りこんでいる里香をそのままお姫様抱っこをして、リビングへ向かおうと立ち上がる。

「さ、流石に恥ずかしい……んだけど」

「なーに、他人に見られてる訳じゃないんだし、気にするな」

 顔を真っ赤にしながら両手で顔を隠す里香。確かに不特定多数にこの姿を見られるのは、抱き上げている俺だって恥ずかしい。が、ここにはもう身内しかいない訳だし、何も恥ずかしがる必要はない。


「亮君、デリカシーがないって言われちゃうよ?」

 玄関から遅れて入ってきた翔子は、里香を抱き上げた俺を見て、ジト目で俺を見上げる。

「いや、むしろしっかり気を遣えてない?」

「ただの怪我人相手ならアリかもだけど――まぁいいか」

 『ちょっと、諦めないでよ~』と嘆く里香に、『えー、でも嬉しそう』と翔子が茶々を入れながら、俺は里香をリビングに連れて行くと、いつも座っているクッションの上に下ろす。

「そういえば、病院の件はなんだって?」

「あぁ。里香を通してだと色々怪しいから、私が直接、養護教諭に確認取りに行ったけど、取りあえず安静にしていればいいってさ」

 重症ならもっと腫れ上がるからって。どうしても気になるなら連れて行ってもいいかもだけど。と、続ける翔子の説明を。

 最初はお行儀よくうんうん頷いていた里香だが、『どうしても気になるなら~』辺りから首を横にブンブン振って、イヤイヤアピール。

 首の動きに遅れて舞う黒髪が、ファサファサと動くのが面白く、俺は思わず笑ってしまう。


「りーかー。もう高校生なんだから、そんなに病院イヤイヤしないの」

「嫌なものは幾つになっても嫌!」


 相変わらずの病院嫌いに、どうしたものかと頭を悩ませる翔子。

 いつまでも笑っていると、そのうちこちらにも飛び火してきそうなので、俺はなんとか落ち着くと、二人の会話に参加する。

 

「まぁ取りあえず、様子見してみようか。ほんとは早いうちにしっかり見てもらった方がいいんだろうけど。よっぽどヤバそうなら先生方もタクシー使わせようとするだろ。油断はしちゃダメだけど、歩いて帰れるだろうっていう診断結果だったなら、急ぐ事もないと思うぞ」

「でも、これで筋でも痛めてたら……」

「確かにな。でも」

 俺は里香の方を向きながら言葉を続ける。

「行きたくないんだろ?」

 首を縦に大きく振る里香。

 それを見て大きくため息をつく翔子に、俺は頭を撫でてやりながら。

「まぁ里香が行きたくないってなら仕方ないだろ。これで悪化したら今度から里香もちゃんと病院に行くようになるかもしれないし」

 今後の成長を踏まえて、今回の所は俺達がしっかり様子見ながら、安静にさせておこう。

 そう結論付けて、この件は一先ずの解決とした。


 俺は手早く料理を作る為キッチンへと向かい、翔子には里香を見張るようにお願いする。

 流石の里香もそこまで子ども扱いは気に食わないらしく、文句を言っていたが、今日のお前の言動を鑑みてから物を言えと。

 天使のような慈悲を見せている翔子も、里香を前に暗黒笑みを浮かべ、里香を震え上がらせていたが、そんな姿も何だか昔と変わらず、俺はどこか微笑ましい気持ちになる。


 環境が変わっても、俺達の関係はきっとあまり変わらないのだろう。

 でもいつかは変えなくてはいけない。

 そのいつかが、いつ来てしまうのかと、一抹の不安を感じながら、俺は食材を切り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る