怪我
「失礼します!!」
『保健室』と書かれた表札が頭上についているのを確認して、俺はその引き戸を開ける。
そんなに力を入れたつもりはなかったが、焦っていた為か、思ったよりも勢いよく開いてしまった扉は、大きな音を立ててしまい。
「「きゃっ!」」
中から聞こえるのは、二人の女性の声。
穿いていた靴下を下げて、ちょこんと椅子に座る里香と、その里香の前で屈みこみ足元を窺う白衣の女声。
「こ、こら! 乱暴に入ってこないの! びっくりするでしょ」
里香の影になっていて姿が良く見えていなかった白衣の女性が、声を震わせて叱りながら立ち上がる。
二十代後半といった所か。短くまとめられた茶髪がかった黒髪。
立ち上った際の視線が、俺と大体同じ位な為、背丈もそれなりにあるのだろう。
白衣で細かい体型までは分からないが、上背もありスラリとした印象を受ける。そんな美人という言葉が似合う女性だった。
「すみません。思ったより勢い良くスライドしたもので……」
ペコペコと頭を下げながら謝罪をする俺に、白衣の女声はため息を付きながら、俺を手招きする。
「貴方、大野さんのクラスの子? 様子を見に来るのはいいけど、もっと落ち着いてきてね」
「あ。いや……はい」
同じクラスって所を否定しようとして、やめる。
今の論点は騒いでしまった事についてだ。そこは素直に反省する部分である為、どうでもいいところで訂正していては心象が悪くなる。
それに今大事なのはそんな事ではなく。
「里香、大丈夫か?」
今だ椅子に座ったままでいる里香の元に寄りながら、俺は彼女の肩に手を置く。
見た所晒している右足以外は、目立った治療箇所も無い様子で、大事ではないのだろうと判断できるが。
「大丈夫よ。ちょっと足を捻っただけだから」
右足首には包帯を巻かれており、そこに保冷剤のようなもので患部を冷やしているようだ。
右足を庇っているのだろうか。座りながらも重心が左に寄っており、表情も硬い。それなりに痛いのだろう。
「全治二週間って所かしら。暫くは歩くのも大変かもしれないけど、数日すれば大分楽になるとは思うわ」
先生の診断に、俺は無言で頷くと、里香方を向き、彼女の頭を出来るだけ優しく、撫でる。
小さい頃から何かあるとすぐ頭を撫でていた為、もう癖の様に、反射的に頭を撫でていた。
だから、俺は視線を感じるまで、あまり深く考えずにナデナデとしていたが。
「なに? 貴方たちお付き合いでもしてるの?」
視線の先、先生の不思議そうな表情と声色に、俺と里香は揃って顔を赤くした。
「大野さんって今年入学してきた一年生よね? お盛んね」
微笑ましそうに俺たちを見つめる先生に、さらに顔を赤くした里香が、「ち、ちがっ!」と、何とか否定しようと声を出して、結局何も言えずに俯く。
そんな里香を可愛いと思いつつも、慌てている姿を見て、逆に冷静になった俺は、上手く誤魔化そうかと考え。
「違いますよ。俺達幼馴染なんです」
別に先生方には誤魔化す必要もないと判断。素直に関係性を打ち明けた。
それに里香がこんな状況じゃ、もう学校で誤魔化すのも難しそうだしな。
俺はどうやって里香に負担をかけずに帰るかを考え始める。おんぶ……は嫌がりそうだし。
なお、俺の説明を受けて納得したのかしてないのか。はいはいって感じで話を打ち切ると、里香にタオルで巻いた保冷剤を渡し。
「今使ってるのはあまり良い保冷剤じゃないから、こっち使ってね。これは医療用だから使い勝手がいいわ」
治ったら返しに来てね。そう言うと白衣を靡かせ、先生は扉へと向かう。
「今日一年生は体力測定よね? 担当の先生には伝えておくから、しばらく安静に」
そのまま保健室を出て行ってしまう。
残されたのは未だに顔の赤い里香と。
翔子を置いてここまで走って来てしまった事を思い出した、俺。
後で翔子に文句言われそうだなぁ。
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作者より
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