引越し当日の朝②

 そんなからかい混じりなささやき声が、僕の耳に染み込む様に聞こえてきた。


 意味深げな発言とすぐ横に美少女の顔。思わず仰反る様に距離をとり、どぎまぎした心を落ち着かせる。

 彼女は今、『お互い様』と言ったのだ。

「……それって」

 どういう意味だ。と言葉を続けようとすると。


「おはよう、二人とも。流石に朝が早いと眠いね〜」

 先程まで里香がいた庭先の門扉からひょこりと姿を現した美少女。

 宮翔子ーー少し色の抜けたブランドの髪。長さは里香より長くないものの、綺麗に伸ばした長髪がふんわりと舞う。

 長袖の白いワンピースに、厚めのタイツを着ているのだろう。本来晒されるであろう地肌足下の部分には黒い布が細っそりとした足を覆っている。


「……翔子まで来ちゃったか。これはいよいよ悪い事をしちゃったな」

「ん? どういう事かな?」

「翔子も俺が引っ越す事聞いてたんだろ? 見送りの為だけに二人に早起きさせちゃったな、ってさ」

 

 話しながら、翔子がゆっくりとした足取りで俺と里香の方へと近づいてくる。

 小首を傾げ、『んーっ』と考えるように一度視線を外すと、ニヤッと悪戯めいた顔になり。


「そっか。何も聞いてないんだね?」

 えっ? と瞬時にその言葉の意図を読もうと考え。

「みたいだよ。おばさん達も黙っててくれてたみたい」

 横にいた里香が同意する様に返事をした。


 さて、こうなってくると明らかに俺の知らない所で何か話が進んでいたのだろうと、察する事が出来た。

 問題はその内容だ。そして、その内容も何となくだが理解出来てしまった。

 そもそもちょっと見送る程度で、この二人がそれなりにちゃんとした洋服を着込んではこない。これは長年幼馴染みとして一緒に遊んできた経験から、間違いのだ。

 何より、俺が黙って引っ越す準備をしていた事を何一つ怒ってこない。


「もしかして、今日一緒についてくるの?」

 俺の確信めいた質問に。

「うーん。今日だけって訳じゃない……かな」

 肩をすくめながら、俺の前で俺の前で来ると、さらりと俺の左腕を抱えるように抱く。

「そーゆうこと!」

 隣にいた里香も嬉しそうに笑うと、すぐそばにあった俺の右手を両手で包む様に握る。

 何が何だか訳がわからず混乱するなか、『ガチャ』と音をたて家の戸が開く。


 出てきたのは柄付きTシャツにジーパン。完全に動きやすさ重視の格好で現れた、ついこないだ四十路に突入を果たした女性。母さんだ。

 

 母さんは、俺の『両手に花』なこの状況に「あらあら」と楽しそうに笑い。

「里香ちゃんも翔子ちゃんもおはよう。二人とも準備は大丈夫?」

「はい! 何とか間に合いました!」

「なんなら楽しみで何度も荷物のチェックをしたくらいです」

「なら良かったわ。亮平はなかなか準備が終わらずに心配なくらいだったから」


 しれっと会話を続ける女性陣を、俺は呆然と眺める。

 そんな俺の反応を見て、母さん笑いながら俺に言う。

 

「それじゃ、物件に向かいましょうか」


 え? 三人が住む?

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