交渉

 先輩は今、不愉快にさせる事はしない、と言った。

 それは逆に言うと、多少はこちらが良く思わない事をする。という事だ。

 やはり、油断はできない。気を引き締めて対応しなければ。

 俺が覚悟を決め、隣に座る翔子に目配せをすると。向こうも何か思う事があるのか、真剣な表情で俺に小さく頷き返してきた。


 里香は……初めから頼りにはしていない。勉強や運動神経は俺達よりスペックが高いが、心理戦には向かないタイプだ。すぐに表情にでるし。

 むしろ下手にボロや弱みを見せないように、上手い事先輩から里香への興味を無くす方向で会話を誘導していかないといけない。


 黙々とスプーンを口元に運びながら、刻一刻と過ぎ去っていく昼休み。

 口火を切ったのは、やはりというべきか、園原先輩。


「時間も無いし、本題ね。私達新聞部は、毎年この時期にを紹介する記事を書いているんだよ。各部活はそれを見て優先的に人員勧誘をしたりするんだけど」

 そういうと一度言葉を区切り、水で口を湿らして。

「貴方達をね、そこの記事で書かせて欲しいのよ。できればメインでね」

 俺達三人を順々に眺めながら、挑むように見つめる園原先輩からは、ちょっと大人びた雰囲気というか、迫力みたいなものを感じる。

 

 けれど、それはそれ。どんな記事にするつもりかは知らないが、里香と翔子を晒し者にされるのは御免だ。


「なるほど。お話は理解しました。けど、すみませんがお断りさせて頂きます」

「ふーん。そっか」

 先輩が値踏みをするように俺と視線を交えながら、数度頷きを繰り返し。


「目立たせるのが恐い? ガールフレンドを」

「……仰ってる意味がわかりませんが」

「ふふっ。可愛いもんね。二人とも。変に目立ってモテちゃうと、君としては複雑だよね」


 割と痛い所を付いてくる……。

 確かに、口上手い男子に絡まれて、二人に嫌な経験をさせるのは避けたい所。

 なにより二人には男に免疫が無いに等しい。田舎特融の閉鎖的な環境の為、仕方が無いのだが。


「そうですね。なのでもう一度言いますが、この話はお断りさせて頂きます!」

 俺は下手に誤魔化したり、言い訳などはせずに、まともに相手をしない手段を取る事にした。

 これで話を断り切ってしまえば、これ以上関わり合いになる事もないだろう。

 少し強めの口調で話を終わらせる。

 ちょうど食べ終えたカレー皿を退かし、台ふきんで辺りを拭き取ると、そのまま里香達が食べ終えるのを待ちながら、先輩には目もくれずに、スマートフォンを取り出す為にポケットへ手を伸ばして――


「じゃーさ。君単体の記事ならどう?」

 

 一瞬何を言われているのか、なんなら自分に話しかけられているのかさえ分からず、先輩の顔を見ながら、数秒フリーズしてしまう。

 ゆっくりと、今の言葉が俺に投げかけられていた事。その内容がなんであったかを理解していき。


「は?」


 俺は素の反応を返してしまった。

 え? 何言ってんのこの人?


「あははっ! そんな驚いた顔しないでよ。そんなにおかしな事じゃないでしょ?」


 よほどのアホ面をしていたのか、腹を抱える様に体を折り曲げ、涙目になりながら、ひとしきり笑う先輩。

 「あー……おっかしい」と目元を拭いながら、彼女は徐々に真面目な顔つきに姿勢も元に戻して。


「君がどう思っているかは分からないけど、私は本気だよ?」

「いや……そんな記事需要無いと思いますよ?」

「そんな事ないよ~。君は知らないかもしれないけど、評判いいんだよ? 君」


 そう言いながら、胸ポケットから掌サイズのメモ帳を取りだし、ペラペラと捲りながら。

「少なくとも私達二年生や上の三年生、君達からするとまとめて上級生ね。の女子からの評判はいい感じよ。ルックスはいいし、一部の生徒が一年の体力測定の様子を休み時間とかで見ていたらしくて、運動神経が良い事も広まってるし」

 正直記事を書かなくても、運動部からは勧誘の話が行くんじゃないかな? と先輩は言い。

「私としても、ベストは三人の記事を書く事だけどね。ダメならせめて確実に需要のある記事を抑えたいわけよ。君単体でもその条件は十分なんだよね。運動神経で運動部の男子からも需要があり、ルックスで女子受けもいいし」

 と、言葉を区切り。

「報酬も用意するよ~。まずは取材をさせてもらう間の昼食は私が奢っちゃいます。後は、君が女子からチヤホヤされちゃうような、抜群の記事を書く事も保障しましょう! これで君もモテモテだね」

 最後にウィンクをしながら「どうどう?」と前のめりに尋ねてくる先輩に。

 

 やはり、俺のポンコツ脳みそは処理速度が追いつかない様で。

 いろいろな考えが出ては消えてを繰り返し。

 何も言えずにいる俺の横で。


「「お断りします!!」」

 代わりに返事をしてくれたのは、俺の両隣に座る里香と翔子だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る