第二十八話 ヤミクモなヤミクモ

「はあ、はあ、もうっ! キルファちゃんったら、置いていくなんて酷いですっ!」


 シスター服をひらひらさせながら、がんばって走るハートネス。


 キルファの言葉どおり、彼女は最後尾を任された。要するに殿しんがりである。万が一の追撃に備えて、鈍足なハートネスが自然と努めることになった。同伴するのは500ほどの兵。同じく鈍足な、ゴーレムやサイクロプスなどの巨人系の魔物で構成されている。


 必死にひた走るハートネス。

 だが、ふと足を止めた。


「ん~?」


 ほんのわずかに敵の気配。

 読み通り、追撃部隊がきたか?


 走るのには飽きていたので、遊び相手がいるのならば、その方が面白そうだと期待していたところであった。撃退すれば、マーロックやキルファからも褒めてもらえる。


「みんな、ストップ、ストップ!」


 部隊を停止させる。後方を向いて、森の奥を静かに見つめるハートネス。


「きたの、かな?」


 ほのかな笑みを浮かべて、じっと様子を見る。配下の魔物たちも威嚇を始める。


 焦れったくも、攻めてくる様子がない。自ら、ゆっくりと歩み出るハートネス。すると、一本の鋭い矢がハートネスの額へと飛んできた。


「えっ? ――あいたッ!」


 矢は、ハートネスの皮膚にカキンと弾かれる。


「うぅ……やった! 追撃してきてくれたんだ! これでちょっと面白くなるかも!」


 嬉しそうに額を撫でるハートネス。


 ハートネスは『マグネムタートル』と呼ばれる、チタンチタン荒野に生息するリクガメの擬人種ぎじんしゅである。マグネムタートルの体長は1メートルほどだが、体重は数トンにもなる。


 甲羅の内側に秘められた筋密度が異常なほど高く、自重の十倍以上の荷物を運べる怪力の持ち主。硬い甲羅はドラゴンの牙すらも通さない。体内に内蔵した魔力が、あらゆる魔法に対しての耐性を産み出している。まさに、守りのスペシャリストである。弓矢如きでは、ハートネスの皮膚に傷ひとつつけることはできない。


「みんな、いっきますよー!」


 配下を率いて、来た道を引き返すハートネス。城を落とす暇はないが、追撃してくる敵を蹴散らすのであれば、キルファも許してくれるだろう。


 数多の矢が飛んでくる。物質系の魔物や、盾や鎧を装備している魔物が突撃。先頭はハートネス。矢如き、一万本食らっても痛くもかゆくもない。


 ――けど――。


「なかなか見えてきませんねぇ。どこかな? どこか――な……え?」


 どこまでいっても敵の部隊が存在しない。なのに、彼女が足を止めたのは、その空間が異様だったからだ。


 森にまとわりつく『漆黒の蜘蛛の糸』。無数に張り巡らされたそれらが弦の役割を果たし、時間差で矢を放っていた。ゆる、と、蜘蛛の糸が動く。弾力を持ったそれが、さらに一斉に矢を放つ。


「みなさぁん、気をつけてくださーい!」


 魔物たちが、一斉に怯んだ。物質系の奴らは無事だが、巨人系の奴らはひとたまりもない。


「これって、シークイズとかいうひとの能力ですよね。たしか、あの人のベースって……」


 ――闇蜘蛛。


 それがシークイズのベースとなる魔物の名である。カナン地方に生息する、世界一の技術力を持つ蜘蛛だ。


 漆黒の糸を闇に紛れさせ、獲物を捕らえる夜行性の蜘蛛。糸の粘着性や弾力を使って、弓矢のように枝を飛ばしたり、落とし穴を作ったり、岩盤を倒したりと、トラップを仕掛けることに長けている。体長は大きいもので70センチ。漆黒の糸は、細いながらも丈夫。ゴリラのような猛獣でも切ることができない。


 シークイズは、追撃しながら、これだけの罠を設置したということ――。闇蜘蛛の技術力に、ただただ驚かされるハートネス。


「けど、これぐらいじゃ、意味ないですよーだ!」


 と、その時だった。最後の矢が放たれた瞬間、ゴゴゴという鳴動が森を震わせた。


「え? え?」


 瞬間、周囲の木々が一斉に倒れてくる。というか、ハートネスたちのいる箇所を中心に、大木同士が磁石のように引き寄せられる。


「え? きゃああぁぁぁぁぁッ!」


 おそらく、あらかじめ大木を切断しておいたのだろう。その上で、蜘蛛の糸の粘着力で、固定しておいたのだ。ハートネスが、このエリアに侵入すると、トラップが作動。倒壊する大木が、ハートネスたちを襲う。


「け、けどっ! このぐらいっうわわわわッ!」


 数多の大木が、魔物の軍団を押しつぶしていく。ハートネスも、それに巻き込まれてしまった。


「ぬぎぎぎぎぎっ! うりゃああぁぁぁです!」


 万歳をするかのように両手を振り上げ、力任せに仲間ごと大木を吹っ飛ばす。


「はあ、はあ……こんなので、私を倒せると思ったら大間違いなのです! マグネムタートルのパワーをなめたらあかんぜよ、なのですッ!」


 だが、木々にまとわりついた蜘蛛の糸が、ハートネスと魔物。魔物と魔物。魔物と木々を繋いでいた。


「ふぇ? ふぇえぇええぇぇッ!」


 ベトベトに絡みつく蜘蛛の糸が、ハートネスと魔物たちの動きを完全に封じ込めていた。


「えええッ? ななな、なんなのこれっ! ネバネバするうぅぅっ! もう、もうっ! えーん、キルファちゃーん!」



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