第二十八話 ヤミクモなヤミクモ
「はあ、はあ、もうっ! キルファちゃんったら、置いていくなんて酷いですっ!」
シスター服をひらひらさせながら、がんばって走るハートネス。
キルファの言葉どおり、彼女は最後尾を任された。要するに
必死にひた走るハートネス。
だが、ふと足を止めた。
「ん~?」
ほんのわずかに敵の気配。
読み通り、追撃部隊がきたか?
走るのには飽きていたので、遊び相手がいるのならば、その方が面白そうだと期待していたところであった。撃退すれば、マーロックやキルファからも褒めてもらえる。
「みんな、ストップ、ストップ!」
部隊を停止させる。後方を向いて、森の奥を静かに見つめるハートネス。
「きたの、かな?」
ほのかな笑みを浮かべて、じっと様子を見る。配下の魔物たちも威嚇を始める。
焦れったくも、攻めてくる様子がない。自ら、ゆっくりと歩み出るハートネス。すると、一本の鋭い矢がハートネスの額へと飛んできた。
「えっ? ――あ
矢は、ハートネスの皮膚にカキンと弾かれる。
「うぅ……やった! 追撃してきてくれたんだ! これでちょっと面白くなるかも!」
嬉しそうに額を撫でるハートネス。
ハートネスは『マグネムタートル』と呼ばれる、チタンチタン荒野に生息するリクガメの
甲羅の内側に秘められた筋密度が異常なほど高く、自重の十倍以上の荷物を運べる怪力の持ち主。硬い甲羅はドラゴンの牙すらも通さない。体内に内蔵した魔力が、あらゆる魔法に対しての耐性を産み出している。まさに、守りのスペシャリストである。弓矢如きでは、ハートネスの皮膚に傷ひとつつけることはできない。
「みんな、いっきますよー!」
配下を率いて、来た道を引き返すハートネス。城を落とす暇はないが、追撃してくる敵を蹴散らすのであれば、キルファも許してくれるだろう。
数多の矢が飛んでくる。物質系の魔物や、盾や鎧を装備している魔物が突撃。先頭はハートネス。矢如き、一万本食らっても痛くもかゆくもない。
――けど――。
「なかなか見えてきませんねぇ。どこかな? どこか――な……え?」
どこまでいっても敵の部隊が存在しない。なのに、彼女が足を止めたのは、その空間が異様だったからだ。
森にまとわりつく『漆黒の蜘蛛の糸』。無数に張り巡らされたそれらが弦の役割を果たし、時間差で矢を放っていた。ゆる、と、蜘蛛の糸が動く。弾力を持ったそれが、さらに一斉に矢を放つ。
「みなさぁん、気をつけてくださーい!」
魔物たちが、一斉に怯んだ。物質系の奴らは無事だが、巨人系の奴らはひとたまりもない。
「これって、シークイズとかいうひとの能力ですよね。たしか、あの人のベースって……」
――闇蜘蛛。
それがシークイズのベースとなる魔物の名である。カナン地方に生息する、世界一の技術力を持つ蜘蛛だ。
漆黒の糸を闇に紛れさせ、獲物を捕らえる夜行性の蜘蛛。糸の粘着性や弾力を使って、弓矢のように枝を飛ばしたり、落とし穴を作ったり、岩盤を倒したりと、トラップを仕掛けることに長けている。体長は大きいもので70センチ。漆黒の糸は、細いながらも丈夫。ゴリラのような猛獣でも切ることができない。
シークイズは、追撃しながら、これだけの罠を設置したということ――。闇蜘蛛の技術力に、ただただ驚かされるハートネス。
「けど、これぐらいじゃ、意味ないですよーだ!」
と、その時だった。最後の矢が放たれた瞬間、ゴゴゴという鳴動が森を震わせた。
「え? え?」
瞬間、周囲の木々が一斉に倒れてくる。というか、ハートネスたちのいる箇所を中心に、大木同士が磁石のように引き寄せられる。
「え? きゃああぁぁぁぁぁッ!」
おそらく、あらかじめ大木を切断しておいたのだろう。その上で、蜘蛛の糸の粘着力で、固定しておいたのだ。ハートネスが、このエリアに侵入すると、トラップが作動。倒壊する大木が、ハートネスたちを襲う。
「け、けどっ! このぐらいっうわわわわッ!」
数多の大木が、魔物の軍団を押しつぶしていく。ハートネスも、それに巻き込まれてしまった。
「ぬぎぎぎぎぎっ! うりゃああぁぁぁです!」
万歳をするかのように両手を振り上げ、力任せに仲間ごと大木を吹っ飛ばす。
「はあ、はあ……こんなので、私を倒せると思ったら大間違いなのです! マグネムタートルのパワーをなめたらあかんぜよ、なのですッ!」
だが、木々にまとわりついた蜘蛛の糸が、ハートネスと魔物。魔物と魔物。魔物と木々を繋いでいた。
「ふぇ? ふぇえぇええぇぇッ!」
ベトベトに絡みつく蜘蛛の糸が、ハートネスと魔物たちの動きを完全に封じ込めていた。
「えええッ? ななな、なんなのこれっ! ネバネバするうぅぅっ! もう、もうっ! えーん、キルファちゃーん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます