最終話 縮みあがる姫様と鍋奉行のわんこ

「皆の者、此度の戦、まことに大義であった」


 二週間後。ベルシュタット城。僕たち家臣は、謁見の間に集められていた。一堂に会するのは久しぶりだ。戦後処理で忙しかったし、姫様の容態も芳しくなかった。


 マーロックを討伐したあと、姫様の意識は途切れてしまった。そして、二晩もの間、眠り続けたのである。目が覚めてからも全身筋肉痛で、度々血を吐いていた。堂々たる態度で座しておられるが、まだおつらいのだろうと思う。


 ちなみに姫様のお身体は、ベッドで伏しているうちに、ぎゅっと幼女体系へと縮んでしまわれた。


「マーロックは滅び、リーデンヘルとの同盟も成った。今後、我が軍は北上し、天下に覇を唱える。――じゃが、その前に、身命を賭して勝利に導いてくれた者たちを労いたい」


 筋骨隆々の悪魔が、たくさんの宝箱を景気よく運んでくる。もの凄い量だ。この戦の勝利が、どれほど大きかったのかを物語っている。


「此度は、誰もが素晴らしき働きをしてくれた。よって、皆に褒美を与えることにした」


 姫様が言うと、悪魔型の魔物が宝箱を勢いよく開いた。そこには、おびただしい数の金貨が詰められていた。


「家臣全員に5000万ルクを取らすのじゃ。いかようにでも使うがいい」


「おお……」と、僕は感嘆の言葉をこぼした。


「凄い……5000万ルクだけでも普段の第一武功以上ですよね?」


 僕は、隣に並ぶマリルク先輩にだけ聞こえるよう、こっそりつぶやいた。


「ふふふ、姫様は金の使い方をわかってるね。これで法衣や鎧の支払いもなんとかなりそうだ」


「だが、特に見事な働きをした者がふたりおる。その者にはさらなる恩賞を用意した」


 ふたりのうち、ひとりは予想がついていた。先日、マリルク先輩から『たぶん、この人に特別な恩賞が与えられるだろう』と、聞かされていた。


「キルファ・デズモンス」


「はいっす」


 元マーロック軍の軍師であった彼女が、特別に表彰されることとなる。


「家臣となってくれて頼もしく思うぞ。配下の者たちをよくぞまとめてくれた。褒美として、さらに5000万ルク、ベルウール森林、ロウバング城を与える。戦えぬ者、家族のおる者はそこへ住ませるがいい」


「姫様の過分なお気遣いに感謝するっす」


 マーロックの死後、キルファさんはすぐに方針を転換した。これ以上、争っても無意味。ならばと、配下の魔物を説得し、シュルーナ軍に投降することを選んだ。彼女は、シュルーナ様の性格を知っているがゆえに、手厚く扱ってもらえるという確信があったようだ。


 マーロックを崇める部下たちを説得するのは難題だったかもしれないが、そこはさすが六賢魔だ。マーロックの心に、シュルーナ様への尊敬があったので、それを説いて、従わせることに成功した。マーロック以外に仕えるとなれば、仇とはいえ姫様しかいないだろう。って。


 そんなわけで、マーロック軍の生き残り6000が加わることになる。それらとも仲良くする必要があるためゆえに、敵であるはずの彼女にもたっぷり褒美を与える必要があった。


 ちなみに、これで現在のシュルーナ軍は30000ほどに膨れ上がった。先の戦いで、だいぶ減ってしまったのだけど、その後リーデンヘルを中心に徴兵をかけたら近隣に魔物たちが集まってくれた。マーロックを倒したことで、シュルーナ様の偉大さが広まった結果だ。


「また、キルファとハートネスには家臣の証として短剣を授ける」


「うーん、短剣なんてもらっても、使わないんだけどなぁ……」


 皮肉を述べそうになったハートネスさんの横腹に、キルファさんの肘鉄が突き刺さる。


「――姫様を御守りすることは、マーロック様の願いでもあります。主が亡くなった以上、姫様にお仕えすることこそ、我々の喜び。今後、我々はシュルーナ・ディストニア様のため、粉骨砕身働く所存っす」


 ハートネスさんは、リオンさんと互角に戦っていたというし、キルファさんは、マリルク先輩も認める天才軍師だ。我が軍はもの凄く強くなったのかもしれない。リーデンヘルとの同盟も組めたし。


「さて、もうひとりの特別表彰なのじゃ」


 誰だろう? やっぱりリオンさんかな。戦での奮闘ぶりは凄まじかった。いや、ヒュレイ様かもしれない。大きな活躍はしていないけど、リーデンヘル攻略を始めた時からの立役者だ。縁の下の力持ち。地味だけど、もの凄く助かっている――。


「――ミゲルシオン・ユーロアート」


「へ? は、はいッ?」


 僕? もしかして僕の名前が呼ばれた?


「リーデンヘルとの同盟をを成功させた。宿敵マーロックを討ち果たしたのもそなたであった。おぬしがおらねば、ここまでの大勝利はなかったであろう」


「あ……あわわ……」


『僕にはもったいない』『他に相応しい人がいるはずです』なんて、最初の頃の僕なら言ってしまいそうだ。けど、それはむしろ労ってくれている姫様に失礼なのだ。


「ミゲルには、さらに1億ルクを与える。――六惨将マーロックを討ち取ったのじゃ。今後、おぬしの名は、世界に轟くであろう。これからも期待しておるぞ」


「は、ははーっ!」


「これも受け取るがいい。旗でも付けて掲げてみよ。敵は、恐れ戦き一目散に逃げ出すであろう。旗印も、作って構わぬ」


 言って、姫様が用意させたのは、星槍ガーランシャリオであった。以前の魔力はないが、それでも煌びやかな装飾は、神器と評されるに疑いのないオーラを湛えていた。


「みみみ身に余る光栄でございます!」


 全然実感がないけど! とにもかくにも流されるまま、僕は褒美を受け取った。


「そして、おぬしには正式に軍師となってもらう。ひいては、元マーロック軍の6000に、各地から集まりし新参4000の魔物を加えた10000の軍勢を任せることにする。キルファとハートネスは、ミゲルの下につくのじゃ」


「ええッ! 僕が軍師ッ? ……それに、10000もの兵を……」


 無理があるんじゃないか。前線に出られるような実力なんてない。それに――。


「シュルーナ様も大胆なこと考えるっすね……ま、いいっすけど」


「あらあらぁ、こんなかわいいわんちゃんが上司になるんですねー」


 ほら、キルファさんもハートネスさんも、凄く複雑な表情をしてるし!


「――ちょっと待て、シュルーナ」


 僕が困惑していると、リオンさんが待ったをかけてくれる。


「ミゲルはマーロックを殺した張本人だ。そこの芦毛や赤毛からすりゃ仇になる。事故を装って消されるぞ。特に、赤毛の方はかなり凶暴だ。俺のことを12回ぐらい殺しやがった」


 そう、それなんです! 彼女たち、僕のことを恨んでるんじゃないかな?


「16回ですよぉ? ま、数を数えられない筆頭家臣様よりかは、わんちゃん軍師様の下で働く方がマシですけどねー」


 ――ほら、殺し合っていた仲だけあってバチバチだ!


「ハートネス、口を慎むっす」


 肘鉄を食らわすキルファさん。まったく動じないハートネスさん。


「マーロックの残党の仲にも、ミゲルを良く思っていない奴が少なからずいるだろう。10000の兵は、シュルーナの配下から選べ。経験もねえし、その方が絶対にいい」


「ふむ……。しかし、リオン。わしは、こやつらとのわだかまりを残したまま、世界を統一する気にはなれん。だからこそミゲルなのじゃ」


「あ? 封印をぶち破ろうとして、頭がおかしくなったのか?」


「ミゲルを侮るな。憎み、殺しあっておったリーデンヘルとの同盟を成らせた男じゃぞ? おぬしも認めておるであろう。ミゲルの優秀さは」


「あ? あー……」


 え? リオンさん、反論しないの?


「和を成すために、此奴以上の適任はおらぬ。誰もが笑って鍋をつつける世を目指すのであれば、ミゲルに任せるしかないと思うておる」


 姫様は、そこまで考えておられたのか……。たしかに、ちゃんと仲直りしないといけないんだ。


「しかし、10000の兵を操るのは簡単なことじゃねえぞ」


「砦からの撤退戦を忘れたか?」


「そういえばぁ、うちのイシュヘルトくんを殺したのも、リオンくんとわんちゃん軍師様の仕業でした」


 ねー、と、にっこり微笑みかけてくるハートネスさん。うう、やっぱり、心のどこかでは引っかかるものがあるのかも。


「ハートネス、からかうのはやめるっす。ミゲルは、これからうちらのボスになるんすよ」


 やれやれとため息をつくキルファさん。


「――ミゲルよ。わしの理想の世を作るため、やってくれるな?」


 相変わらずの無茶振りだ。けど、できないことは言わない。きっと、僕ならできると信じてくださっているのだ。


「は……。このミゲル。必ずや、この大役を担って見せます!」


「うむ。よう言うた」


 姫様は、嬉しそうに立ち上がった。そして、お玉を振って号令をかける。


「さあ、これから忙しくなるのじゃ。リーデンヘルの復興、そして北伐に向けての準備じゃ! しっかり励めい! 楽しき未来と美味い鍋が待っておるぞ!」



「そ、そそそそれでは皆様、本日はよくぞお集まりいただきました。姫様が病み上がりゆえに、僕が奉行を務めさせていただきます!」


 僕は、お玉と菜箸を構えながら、開会の言葉を述べる。


 ――これは、表彰式から三日後のイベントだ。


 誰もが笑って鍋をつつける世の中を目指すのなら、まずは鍋の味を知ってもらわなければならない。


 だから、いつものメンバーであるリオンさんやシークイズ様、ヒュレイ様にマリルク先輩、チャコさん以外にも、新参のキルファさんやハートネスさん。――そして志を同じくするフロラインさんにもお越しいただいた。


「お玉も菜箸もいいが、まずは火を点けるのじゃ」


「そうでした!」


 魔法のコンロを捻って点火する。僕が、姫様の代理として、立派に鍋を仕切らねばならない。これは、僕が自ら志願したことだ。


「ミゲル殿! 大出世おめでとうございます! まさか一月も経たぬうちに、万の兵を率いる大軍師にまで上り詰めるとは! このシークイズ、これほど嬉しいことはございません!」


 シークイズさんが、すでに酔っ払ってしまっている! いけない! 僕の仕切りが遅いばかりに、誰もが空きっ腹へとアルコールを注ぎ始めてる!


「あ? なんで後輩が出世してんのに、僕には何もないんだ? こちとら六賢魔のひとりだ。万の兵だろうが百万の兵だろうが、掌で転がせるんだぞ? あ? あ?」


「はいはい、マリルクちゃん、妬かないの。かわいいかわいい」


 ヒュレイ様が、マリルク先輩の頭を抱きしめ、喉をごろごろと撫でる。


「僕に寄生するつもりか? ぶち殺すよ、きのこ女」


 食材よ、早く煮えたぎれ! どうして、うちの家臣団は酒癖の悪い人ばかりなんだ! ご新規さんたちが引いちゃう!


「うう、マーロック様ぁ、イシュヘルトくぅん……なんで先に逝っちゃうんですかぁ……寂しいじゃないですかぁ、うう、うえぇえええぇぇえん……ぐすっ」


 ハートネスさん泣き上戸でしたか。ごめんなさい。逝っちまうことになったのは僕のせいです。悲しまないでください。心にグサグサきます。


「ハートネス。泣いても彼らは帰ってこないよ?」


 酔っているとはいえ、イシュヘルトを殺したあなたが言いますかリオンさん!


「ふぇ?」


「誰か、ハンカチを持ってないかな? 女神に涙は似合わない」


「ひゃひゃひゃ、生理用のナプキンでよければぁどぞーであります!」


「チャコは優しいね。さ、これで涙をお拭き」


「うぅ。ありがとうごじゃります……戦場では殺しあった仲だったのに、優しい……」


 涙を拭いて、ずびずばーと鼻をかむハートネスさん。


「なに泣いてんすか! 仇に弱いところ見せるなんて――オロロロロロロロォ!」


 バケツに向かって凄まじい勢いで吐いているキルファさん。まだ鍋はできてませんし、吐くものありませんよね? っていうか、口元拭ったら、またビールを一気飲みしてるし。マゾなの? 酔って吐く自分に酔ってるの?


「だってぇ……涙が止まらないんだもん……」


「だってじゃないっす、涙を見せゥロロロロロロロッ!」


「うひょひょ、仕方ないでありますよ。ハートさん亀のデモンブレッドでしょ? 涙腺がないとお産の時、大変であります。孕ました悪い子ちゃんは誰でありますかぁ?」


「おい、キルファ。僕たち軍師は、思ったら即行動だろうが。機を見るに敏だ。その亀女が気に入らねえなら、ぶっ殺しちまえよ。おら、誰かハンマー持ってきてやれ」


 マリルク先輩。あなたも相当酔ってらっしゃるようで。


「ふええ……泣かないから殺さないでよぉ……」


「大丈夫だよ、ハートネス。きみのことは僕が守るからさ」


 リオンさん、あなたがいちばん彼女のこと殺そうとしてましたよね?


「あーん、かわいいかわいい。ねえねえ、ミゲル。寄生してもいい? ねえねえ?」


 うう、いつの間にかヒュレイ様がうしろから抱きついてらっしゃる……。っていうか、分裂してませんか?


「これが……鍋(にゃべ)……。シュルーナは、これを理想としているの?」


 フロラインさんがめっちゃ引いてる?


「まあ、落ち着け。フロラインよ。鍋の神髄はここからなのじゃ」


「酒は飲んでも飲まれるにゃん。親しき仲にも礼儀ありなんだよ。ちょーっぷ」


 ぺし、と、マリルク先輩の額に、軽めのチョップを繰り出すフロラインさん。


「い、いい痛い痛い! ごめんなさいごめんなさい! 殺すとか言ってごめんなさい!」


「怖い言葉は、使っちゃ『めっ』だよ! ちょっぷちょっぷちょーっぷ!」


 よかった。フロラインさんも酔ってくれていた。我が軍の恥部はバレずに済みそうだけど、鍋の良さも覚えてもらえるかなぁ。


「さ、ささ。みなさん、そろそろ鍋ができますよ。今日は海の幸を使った海鮮鍋です。フロラインさん提供の『節』を使ったダシで仕上げました」


「ミゲル大軍師殿。節とはなんですか? この不肖シークイズに、ご教授いただきたい!」


「節とは、魚の切り身の水分を、カチンコチンになるまで抜いたものです」


「うへへへ、カチンコチンコでありますかぁ?」


「干物とは違うのですか?」


「少し違いますね。肉厚の乾物です。極限まで水分を抜いた節は、鈍器みたいに硬くなります。それを削って、ダシを取るんです」


「調理室で見たでありまぁす。ミゲルくんちんちんよりもカチカチでありました」


 黙れ下ネタ兎。僕のちんちんの堅さを知らないだろう。


「さて、そろそろ鍋の完成です!」


 鍋がグツグツと沸騰してきている。具材は十分煮えただろう。シュルーナ様を一瞥する。姫様は、ほのかな笑みを浮かべながら小さく頷いていた。


 ――さあ、これが僕たちの希望だ。


 初めて鍋を食べた時の味は忘れていない。あの感動を共有したい。その一心が、僕に蓋を開けさせるんだ。


 手拭い越しに鍋の蓋を掴み、ゆっくりと持ち上げる。部屋いっぱいに出汁の香りが広がった。白い湯気が立ち上る。


 ――そして、その向こうにはみんなの笑顔が並んでいたんだ。

                                     了  

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鍋奉行の姫様と大軍師のわんこ 倉紙たかみ @takamitakami

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