第四十九話 見えているもの
僕は、景色の中のマーロックを睨みつけた。
魔力の流れが光となって、巨体を駆け巡っている。まるで絡み合った糸だ。けど、確実にそれらは『喉』を中心に流れている。念じて視界をズームする。煌びやかな魔力の奔流を読み取るのだ。
「影が……見える。けど、移動している……」
「見つけたか?」
「おそらく……いや……見つけました」
魔力の血管の奥深くに、小さなタコを見つけた。白くてかわいらしい。けど、これだけの巨体を動かす真のバケモノである。
「ならば、やれ」
「いえ……駄目です」
「ガーランシャリオは必中なのじゃ。居場所さえ分かれば勝ったも同然なのじゃぞ?」
一刻を争うのはわかっていた。
けど、ビジョンが見えてこない。
槍を投げてもマーロックを貫くイメージが湧かないのだ。僕の勘が『やるな』と、告げているようだった。
「ヒュレイ様、マーロックに近づくことはできますか?」
「ミゲル。姫様の言うことを――」
ヒュレイ様の言葉を、シュルーナ様が制する。
「よい、ミゲルの言うとおりにいたせ。おぬしは飛竜の操作に集中するのじゃ」
「え……? は、はっ……姫様が仰るのなら」
ヒュレイ様は、ずぶずぶと飛竜の中へと入っていった。
飛竜が急降下する。僕の前髪が一気にめくれ上がる。風を突き抜け、マーロックとの距離が徐々に近づいていく。
無数に飛ぶ小型のウシュロドラゴンが、僕たちに気づいたようだ。敵意を剥き出しにして群がってくる。飛竜が火炎を吐いた。ウシュロが一瞬にして灰へと変わっていく。
『どこを目指せばいいの?』
ドラゴンの身体から、ヒュレイ様の言葉が流れてくる。
「喉です!」
近づくにつれて、より大きなウシュロが浮游していた。かいくぐって、さらに距離を縮める。マーロックの身体からも、触手が出現。鞭の如く攻撃してくる。
「避けてください! 右です」
『わかってるわ』
「上からも来てます。いったん背後へ!」
周囲を観察し、ヒュレイ様に指示を送る。だが、あまりに多いウシュロのせいで、徐々に逃げ場がなくなってくる。
『ミゲル! 本当に意味があって接近するのよねッ?』
「もちろんです!」
ふと、影に覆われた。気がつけば、頭上に巨大な『腕』があった。
『逃げ道がない! ウシュロの群れを突っ切るわ。落とされないで!』
「構いません! 腕に向かって突っ込んでください!」
『冗談じゃないわ! 潰される!』
「大丈夫です! 僕を信じてください!」
「――構わぬ! ヒュレイよ! ミゲルに従うのじゃ!」
「へ? え? ええい! わかりましたぁッ!」
飛竜が急上昇した。同時に、腕が振り下ろされる。ぶつかれば、一瞬にしてミンチだろう。
けど、僕には『見えて』いた。
そうならない未来が。
轟くような音が、蒼き炎と共に昇った。それが、巨腕を消し炭に変えたのである。
「よう、相棒。随分と立派な槍を持ってんじゃねえか」
ひらひらと宙を舞うのはリオンさんだった。
「リオンさん……その蝶々みたいな翼は……?」
「俺のことはいい。それよりも、マーロックだ」
僕は深く頷いた。
「姫様に必勝の策ありです。援護をお願いします」
「はいよ。任せときな。って……おーおー、懐かしい姿になっちまって」
大人びたシュルーナを見て、リオンがけらけらと笑った。
「封印は解け――ぼぐあらしゃッ!」
巨大な触手に打ちのめされるリオンさん。大地に叩きつけられてミンチになっていた。無事を祈りつつ、僕らは旋回するように、マーロックの周囲を回る。
「それにしても……ミゲルの奴、もしかしたら、わしらが思っておる以上に、見えておるのかもしれんな」
「思っている以上……ですか?」
シュルーナ様と、飛龍(ヒュレイ)様が会話を交錯させている。
「うむ。千里先どころか、未来すらも見えているのかもしれん」
事実、たぶん僕には未来が見えている。信託が昇華し、予知となっているのだろう。
マーロック(タコ)を見つけた時、槍で貫けるイメージを見ることができなかった。だから、僕は槍を投げなかった。不確かな能力だけど、僕の中で確信に変わりつつあったのだ。
「ヒュレイ様、下から触手です!」
「くっ! しかし、いくら未来が見えていても、飛龍の動きにも限界があるのよッ!」
ひゅんひゅんと、精密な動きで飛竜が旋回する。数多のウシュロドラゴンに、マーロック自身の攻撃。それらが激しさを増してくる。
その時だった。 空気が一気に冷たくなった。次の瞬間、数多の氷の槍がウシュロの群れを刺し貫く。
「あれは……フロラインさん……」
氷の結晶が優しく降りる世界に、フロラインさんが浮遊していた。瞳を伏せ、わずかに両手を広げている。
大気に身を委ねているようであった。ふわふわとマントとスカートが漂っている。その神々しい姿は、まるで女神だ。
「策、あるんでしょ? ないの? 逃げた方がいいの?」
まぶたを開いて、鋭い言葉を滑らせるフロラインさん。
「あ、あります! 絶対に負けません!」
すると、フロラインさんは微笑んだ。
「そ。期待を裏切らないでね」
フロラインさんは踊った。舞に合わせて、たくさんの氷の槍が出現する。周囲のウシュロへと打ち込まれ、次々に蹴散らしていく。
その隙に飛竜が羽ばたいた。
ぐん、と、マーロックの顔が迫る。
――さあ、十分近づくことができたぞ。
僕は、喉を睨んだ。奴にも、僕の姿が見えているだろうか。
「わかってるよ。マーロック・ジェルミノワ」
おまえは頭のいい奴だ。僕よりも知識があって、僕よりもしたたか。そして、この世界でおまえが一番強い。
シュルーナ様がガーランシャリオを創造した時、おまえは警戒していた。逃げずに向かってくるのだ。何か策があると思ったのだろう。
こちらに意識を向け、それでも怯えることがなかった。おまえの中の絶対的な自信が、僕には見えたんだ。きっと、ガーランシャリオすらも防ぐ膨大な魔力があったに違いない。
けど、もう大丈夫。志を同じくする仲間が、おまえの注意を引きつけてくれた。ここまで距離を詰めることができた。
「見えました!」
もう、急所は目の前だ。
「ほう、何が見えた?」
姫様が尋ねた。
僕は、奇跡の双眸に写った確かな映像を言葉にして、姫様に伝える。
「――我々の勝利する未来です」
竜の如きマーロックの口から、炎が吐き出された。
「くっ! さすがにッ! 避けるわよ!」
僕は何も言わなかった。飛竜が天へと向かう。その時、僕は自ら飛び降りた。
「ミゲル!」と、姫様が叫んだ。
風が僕を包んだ。
ちんちんが、ひゅんと縮みあがる。
僕には、迷いも恐れもなかった。この続きは見えている。一族から与えられた能力が、教えてくれている。
「うおあぁああぁぁあぁぁあぁぁッ!」
炎が迫ってきた。視界が真っ赤になった。僕は握っていたガーランシャリオを思い切り投げつける。
僕の腕を離れた瞬間、槍は閃光と化した。蒼き光芒が火炎を貫き、渦を巻くかの如く霧散させる。
そして、ヒュドリアの喉へと叩き込まれたのだ。
分厚い竜の鱗と筋肉を抜け、閃光は天へと伸びていく。周囲の衛星を次々と破壊するかのように、小規模な爆発が光の帯となる。その光景は、まるで流れ星であった。
ヒュドリアは、自らの喉を押さえ、呻き苦しみ、声を轟かせた。
「う……ゴ……が……があぁあぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁッ!」
直接会ったことはない。言葉を交わしたこともない。姫様を脅かすおまえのことが大嫌いだ。
――けど、ひとつだけ、礼を言わせてもらおう。
おまえがイーヴァルディアに侵攻したからこそ、僕は姫様と出会うことができた。意図しない因果かもしれないが、おまえのおかげで僕は鍋の味を知ることができた。
そして、姫様に報いることができたのだ。
「ありがとう、マーロック」
マーロックの両の腕が、喉元を掻きむしる。そして、何かを求めるように差し出された。触手が暴れ、近隣の森や山、激しく城壁を叩いた。
彼の瞳は、落下する僕を睨んでいた。
「キ、キサマアアァアァァガアァァァァヒメ……サマヲォォォァアァアァアァ!」
マーロックの肉体が崩壊を始める。
だが、僕の方も困ったことになっていた。このままだと地面に叩きつけられてミンチになる。けど、この先の未来も見えていた。
「ミゲル!」
シークイズ様だ。僕が落下したのを見てくれていた。両手から漆黒の糸を射出し、片方を僕へと付着。もう片方を飛竜の足をへと付着させる。その二本の糸を繋げ、そして自らも糸へと捕まった。ガクンと、僕の身体が空へと引き寄せられる。
「ミゲルッ? ミゲ……ルゥオアアアァアアァアアァアァァアァァッ!」
山ほどもあるバケモノの断末魔はけたたましかった。大気が震え、雲が溶けていく。すべての触手が、激しくのたうち回る。星が揺れているかのようであった。
肉体を成していたウシュロドラゴンが、ほぐれるようにして分散していった。
そして、それらは光の粒子となって、空へと昇っていく――。
あれだけの質量を持った魔物が、まるで嘘のように消えていくのであった――。
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