第二話 死なずのリオン

 朦朧とする中、僕は徐々に意識を覚醒させる。すると、そこには知らない天井があった。


「あ……れ……?」


 僕は森で死にそうになっていたはずだ。そのまま意識を失って……死んでしまったのではないのか?


 上半身を起こすと、見慣れない景色が瞳に飛び込んでくる。石造りの部屋だ。タンスの上には花が飾られていて、ガラスの棚には薬品が並んでいた。


「――よう」


 突然の声。僕は「へあッ?」っと驚いて、ベッドの反対側へと転げ落ちてしまう。


「あいたた……うぅ」


 僕は、ゆっくりとベッドの陰から反対側を覗き込んだ。そこには仏頂面の青年がいた。椅子へと反対向きに腰掛ける彼は、背もたれに腕と顎を置いて、面倒くさそうに僕を睨んでいた。


「目が覚めたか?」


「あ……ど、ども……え? え? ええぇぇええぇぇッ?」


 彼に見覚えがあった。会ったことはないけど、千里眼で何度か見たことがあった。


 ――シュルーナ軍の筆頭家臣リオン・ファーレ将軍。


『家臣はリオンの如くあるべし』と称えられるほど、忠臣にして誉れ高い英雄。『死なずのリオン』と呼称されており、負け戦や殿(しんがり)を任せても、必ず生きて帰ってくる。百万の兵もに匹敵すると言われている伝説のデモンブレッドだ。


「リリリリリオン様ッ?」


「あ? 俺のこと知ってんのか?」


 僕は、ベッドから覗かせた頭を、コクコクと縦に振った。


「イーヴァルディアで、あなたのことを知らぬ魔物はおりません! で、でで、ぼ、僕は一体……し、失礼しましたッ! ははぁ!」


 僕はベッドに飛び乗り、膝をたたんで、マットを舐めるかのように頭を垂れた。


「かしこまらなくていい。堅っ苦しいのは苦手だからよ。――おまえ、名前は?」


 やれやれと溜息交じりに、椅子を正しい向きへと戻すリオン様。


「ミミミミゲルシオン・ユーロアートと、もうします!」


「じゃ、ミゲルだな。……とりあえず、無事でよかった。具合はどうだ?」


「へ? あ、あれ……?」


 そういえば、随分と動けるようになっている。


「擦り剥いてたトコには薬塗っといた。あと、点滴もした。シュルーナに感謝しとけよ。あいつが、おまえを助けるって言い出したんだからな」


「シュ、シュルーナ様ッ? 魔王様の御息女であらせられるシュルーナ姫ですか?」


「あー……、とりあえず、簡単に説明するとだな――」


 ――僕が生き倒れになっていたところを、偶然シュルーナ様たちが通りかかったらしい。姫様の温情によって、このバルクーダ砦の医務室へと運んでくださったようだ。


「あの……それで、なぜ、リオン様ほどの御方が、この部屋に――ひっ!」


 その質問をした瞬間、リオン様の表情が、鬼の如く不機嫌な表情へと変わっていった。


「……シュルーナの嫌がらせだ。おまえが目を覚ますまで、付き添ってろとか言いやがった」


「ひいい、ご、ごめんなさい、僕なんかのために……」


「おまえが悪いわけじゃねえよ。ま、とりあえず、無事でなにより。――んじゃ、俺は行くぜ? あとで飯を食わせてやるから、それまでは寝てろ」


 リオン様は、手をひらひらと振って、部屋を出ようとした。僕は、ベッドから降りて、深くお辞儀をする。


「リオン様、ありがとうございました!」


 文句を言いながらも、看病してくれていたんだ。なんて優しい人なのだろう。


「いいよ。礼なら、俺じゃなくてシュルーナに言え――」

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