第三話 シュルーナ軍筆頭パシリ
さて、何もせず寝ているわけにはいかないと思った。受けた恩を返したくてしょうがない。僕にできることはないだろうか。もしかしたらこの性分は、犬系の魔物の習性なのかもしれない。わん。
ひょいと部屋を出てみる。城内には、魔物がいっぱいいた。
犬や猫などの動物をベースとした獣型の魔物。悪魔や鎧、不死者がベースの人型の魔物。岩や土などの無機物をベースとした魔物。のっしのっしと歩く、竜などの大きな魔物。
僕のことは伝わっているのだろうか。威嚇してくる魔物はいなかった。それらと会釈してすれ違う。だいたいは無視されるけど、お辞儀を返してくれる魔物もいる。
なんだか、凄く頼もしく感じた。森で暮らしていた時は、常に外敵を警戒しながら暮らしていたから。
通りすがりのゴーレムさんに『兵舎はどっちですか?』と、尋ねてみる。ゴーレムさんは『ゴ』と、唸りながら、廊下の先に指を向ける。
お礼を言った僕は、兵舎へと足を運んだ。
「すいませーん……」
そっとドアを開けると、そこには骸骨や鎧だけの魔物たちが大勢いた。武器の手入れをしたり、カードゲームやボードゲームをしたりしている。
「手伝えることはありませんか? 武器の手入れとか雑用とか、なんでもやります!」
雑踏に向かって声を向けるが、まるで反応がなかった。ちなみに、魔物はある程度『言葉』を理解できる。ただ、魔物の言葉は、僕にはわからない。仕草や癖で理解してあげるしかない。
さて、どうしようかと佇んでいると、骸骨兵さんがやってきて、掌を突き出した。そして、首を左右に振るのだ。うん、これは言葉が通じなくてもわかるぞ。
――のー、さんきゅーだろう。
今度は食べ物の匂いのする方へと足を運んだ。料理の手伝いをさせてもらえるのではないかと思ったからだ。
厨房と思しき部屋を見つける。入ってみると、そこには兎耳のメイドが野菜を刻んでいた。
「すいませーん」
「――ん? おお! 噂の犬耳さんでありますか! 元気になったでありますね!」
僕の存在は、ある程度知られているみたいだ。気づいた彼女は、嬉しそうに近寄ってきた。
「あ、はい……えっと、ミゲルといいます。あなたは――」
「自分はチャコであります! よろしくです!」
彼女は僕の手を握って、ぶんぶんと嬉しそうに振った。
元気いっぱいの女の子。長い髪は、まるで紅葉のように綺麗だ。小柄なのに胸は豊満。エプロンが、それをぎゅっと圧迫している。『抱きしめたら柔らかそう』という言葉がピッタリかもしれない。
「動いても大丈夫でありますか? 具合が悪い時は、寝ているのがいちばんであります」
「おかげさまで、もう大丈夫です」
「そうですかぁ。よかったでありまーす。えっと、それで、どうしてここへ? あ! さては、つまみ食いでありますなぁ?」
意地悪そうな笑みを浮かべ、半眼を滑らせるチャコさん。
「ち、違いますよ! 何か手伝えることはないかと思って――」
「あはは、ごまかしてもダメであります。今夜は御馳走ですから、つまみ食いはNGなのであります。空腹は最高の調味料。食事の時間になったら、お呼びするので、部屋で寛いでいるでありまーす」
「いやいや! ほんとに、何かお手伝いがしたくて……。休んでいるなんて、もうしわけないというか……」
「むぅ、気を遣わなくてもいいでありますのに」
悩ましい表情になるチャコさん。
すると、思いついたように――。
「じゃあ、話し相手になってくれると嬉しいであります」
にまっと笑って、彼女は僕の背中を押した。強制的に椅子へと座らされてしまう。そして、彼女は調理へと戻り、楽しげに雑談を向けてくるのであった。
「いやはや、大変でしたね。魔王様がお亡くなりになってから、世界情勢が不安定なのであります。近隣の魔物たちには、いつもご迷惑をかけているであります」
「……え? いま、なんて――」
――さらっと、とんでもない情報が含まれていなかっただろうか。
「あ、もしかして知らなかったでありますか。魔王様が、勇者に討伐されてしまったことを」
「え? え? ええぇええぇぇッ!」
僕は驚愕した。僕の知らないうちに、魔王グレンディストニア様がいなくなってしまっていた。二ヶ月前、勇者は僕の家族を殺し、その数週間後に魔王様まで手にかけていたのだ!
そうなると、最近この辺りで小さな戦が頻発しているのも頷ける。混乱した魔物同士の争い。人間による魔物狩り。抵抗する魔物――。だから森で生活する動物たちもいなくなってしまっていたのか!
「――というわけで、姫様は領地の魔物を守るために、戦ってくれているのでありますよ」
シュルーナ様が、この地の魔物を守ってくれることは知っていた。ただ、僕はその恩恵を当たり前のように受けてしまっていた。
もし、姫様がいなければ、僕の家族だけでなく、もっともっと多くの魔物が殺されていたかもしれない。はたまた、他の六惨将に捕まれば、奴隷のように働かされたり、強制的に戦争へ送り込まれていたかもしれない。
戦争は嫌だけど、否定はできない。何もしなければ領地を奪われるのだから。僕の家族も、縄張りや家族を守るため、命を落とした。悲しむべきだけど、同時に誇るべきだとも思っている。
「……お若いのに、立派なお考えをお持ちなんですね。シュルーナ様は」
「おや? 見たことがあるのですか?」
「何度か。遠くからですけど」
「ふふ、見た目は子供でも、中身は立派なお姉さんなのでありますよ。あまりに強い魔力を持っているがゆえ、魔王様に力を封印されてしまい、子供の姿になってしまったのであります」
不憫だ。なんというお労しい過去をお持ちなのだろう。
「けど、姫様自身、さほど悲観してはいないみたいなのであります。スーパー前向きな姫様なのであります」
僕の知らないことがいっぱいだった。この地を治めるシュルーナ様のことも。シュルーナ様が、どのような御方なのかも。
「そういえば、ミゲルくんは、何のデモンブレッドでありますか? 姫様たちはシャーマンウルフではないかと言ってましたが」
引き続き、調理をしながら会話を投げかけてくるチャコさん。何の料理を作っているのだろう。
「あ、正解です。シャーマンウルフです」
「おお、誇り高き狼の血族だったのでありますね」
「チャコさんは?」
「岩飛び兎であります」
切り立った崖に生息する獣系の魔物だ。実物の体長は50~80センチ。草や果実、昆虫や小動物などが主食。脚力は凄まじく、一蹴りで20メートル以上飛び上がる。そうやって崖を登るように外敵から逃げる。肉球の隙間に鉤爪があるので、切り立った崖でも張り付くことができる。
聴力にも長けていて、数キロ先の動物の鳴き声も聞き逃さない。警戒心が強い割には、寂しがり屋だとか。
「獣をベースにしたデモンブレッドは大変でありましょう。ミゲルくんの場合、獲物を捕るのが大変だったんじゃないでしょうか」
「そうです! そうなんです! わかってくれますかッ?」
「自分の場合、雑食なので食料には困らないであります。けど、兎みたいなジャンプができないのであります。思った方向に上手く飛べず、崖に頭から突っ込むこともしばしば」
「あと、爪が丸い!」
「そう、それです! それも困りものでありますよね!」
デモンブレッドあるあるトークに花を咲かせていると、リオン様が調理場へと入ってきた。
「――ミゲル。ここにいたか」
「リオン様」
僕は、姿勢を正して向き直る。
「シュルーナが呼んでる。夕飯の前に会いたいってよ」
「シュルーナ様が……? ――は、はい! すぐに参ります!」
チャコさんが哀れむような表情で、リオン様に言う。
「……筆頭家臣殿がパシリだなんて……不憫でありますね……」
「うるせー」
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