第一話 ある日、森の中、姫さんに、出会った。

「ったく、姫さん自ら視察とはねぇ。護衛するこっちの身にもなれってんだ――」


 文句を垂れ流すのは、シュルーナ軍の筆頭家臣リオン・ファーレだった。長く蒼い髪を後ろで束ねた青年は、馬にまたがり、肩には槍を担いでいる。


「次の戦場は、おそらくここじゃからのう。わしの目で地形を確認しておきたかったのじゃ。文句を言うでない」


 そう言って、少女はからからと笑った。


 外見上の年齢は、八歳前後だろうか。その表情は天真爛漫というか無邪気。短い金髪に、シンプルで動きやすいドレス。額のサークレットが、高貴さを醸し出している。小さな身体で馬を操り、リオンと並んで進んでいた。


 この、いかにも偉そうな少女の名前はシュルーナ・ディストニア。今は亡き魔王の娘である。外見こそ幼くはあるが、潜在魔力は凄まじく、かつては魔王軍の幹部『六惨将(ろくざんしょう)』のひとりに数えられていたほどであった。


「それにしても……六将戦争か。……面倒なことになったなぁ」


 そう言って、表情をしかめさせるリオン。


 数週間前。世界を取り巻く状況が一変した。魔王グレン・ディストニアが勇者に討伐されたのである。


 人間は世界各国の軍事力を動かし、各地に散らばる魔王軍の幹部『六惨将』を一斉に攻撃した。六惨将を引きつけているうちに、特化戦力である勇者パーティを魔王城へと送り込み、一気に魔王を討伐したのである。


 ――あとは、魔王軍の残党狩りを行うことで、人間の支配する世の中になる。


 そう思っていたのだが、各地を支配する六惨将は戦争をやめなかった。


 むしろ、魔王がいなくなったいまこそ、我こそが次世代の魔王だと言わんばかりに、野心を剥き出しにした。残忍極まりない戦を繰り返し、勢力を拡大しようと動き出す。魔物同士でも覇権を争い始めた。


「……父上がおったころは、それなりに秩序はあったのじゃがな」


 やれやれと、ため息をこぼすシュルーナ姫。


「おやっさん、人間が好きだったからなぁ」


 魔王グレンがいた頃は『健全な戦争』をしていたようにリオンは思った。人間を意味もなく殺したりしなかった。人質にしたり、見せしめに殺したりせず、常に交渉の余地を残しながら戦争をしていた。おそらくだが、人間との共存の可能性を残していたのではないだろうか。


 魔王を討伐した勇者リシェルは、最後の戦いで負傷し、現在は本国のベッドの上で眠り続けているそうだ。人間の戦力は、大幅に低下している。


 これが現状。

 六惨将は士気が高く、次々に人間や他の六惨将に攻撃を仕掛けて領地を広げている。


 いわゆる『六将戦争』の時代に突入したのである。


「シュルーナ、そろそろ砦に戻ろうぜ――ん……?」


 街道を進み、適当なところで切り上げようとするリオン。ふと、地面に突っ伏している『何か』を見つける。


「リオン、どうしたのじゃ?」


「なんかいるぜ。――服を着ているが……人間じゃねえな。犬の耳と尻尾がある。デモンブレッドか」


 リオンは、馬から下りて、倒れているそいつの首根っこを掴んで持ち上げる。ぐったりしていて意識はない。息はしているようだが。


「どうする? マーロックのスパイかもしれねえし、始末しとくか?」


「スパイのわけがなかろう。どう見ても行き倒れじゃ」


 行き倒れに扮したスパイがいるかもしれない。そう思ったリオンだが、こいつを持ち上げた感じ、かなり軽い。ロクな食事をしてこなかったのだろう。


「水ぐらい置いていってやるか」


 そう言って、リオンが水筒を取り出そうとする。すると、シュルーナは「ふむ」と唸ってこう言った。


「城に連れてくのじゃ。デモンブレッドは何人いても困らぬからのう」


「は? こんな素性のわからないガキを連れて行ってどうする。いくらデモンブレッドでも、使い物にならねぇだろ」


 目下のところ、シュルーナ軍は戦争中だ。こんな子供まで巻き込まずともいいだろうとリオンは思った。


「ここはわしの領地じゃぞ? 飢えた民がおるのなら保護するのもわしの勤めよ。雑用係ぐらいは務まるじゃろう」


「……マジで連れてくのか?」


 半眼を滑らせるリオン。


「マジじゃ」


「……かわいそうになぁ。ったく、戦争にさえなってなけりゃ、森で平和に暮らしていたろうに」


「ちなみに見つけたのはおぬしじゃからな。責任を持って、ちゃんと面倒を見るのじゃぞ」


「はあ? ふざけんな! 連れて帰るって言ったのはおまえじゃねえか――!」


「ふふん、命令じゃ」

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