プロローグ 捨て犬ころころ

「お腹……すいた……」


 イーヴァルディアの森。街道の隅っこで、僕はみっともなく突っ伏していた。ここ最近、ずっとまともな食事ができていなかったからだ。


「うう、お肉が……食べたい……」


 僕の名前はミゲルシオン・ユーロアート。通称ミゲル。シャーマンウルフという狼の魔物のデモンブレッドだ。


 デモンブレッドとは魔物の擬人種である。極希にであるが、獣や昆虫、ドラゴンのような魔物から、人間の姿をした生物が生まれてくるのである。魔物の能力を継承した、人型の生物といったところだ。


 お父さん(狼)もお母さん(狼)も、僕が生まれた時は驚いたようだ。けど、家族も群れの仲間も、そんな僕を差別せず、六年もの間、一緒に暮らしてくれた。ふさふさの尻尾と、ほにほにしがいのある犬耳が家族の証拠だ。見た目は完全に人間だけど。


 ――けど、二ヶ月ぐらい前。

 勇者たちが、この森へと現れた。

 それから、僕の人生は一変した。


 縄張りに侵入してきた勇者たちを、僕の家族は追い払おうとした。けど、返り討ちに遭い、残らず殺されてしまったのである。


 足が遅くて、戦いに参加できなかった僕だけが生き残った。僕は悲しみに明け暮れた。いっぱい泣いた。それでもたくましく生きていかなければならないと思って、ひとりで生活を始めたのだ。


 けど、のっぴきならない現実が僕を待ち受けていた。


 デモンブレッド――人間の姿をした魔物である僕は、群れの仲間のように狩りができないのである。


 二足歩行に特化した身体。獲物を捕まえるのに向いていない丸い爪。八重歯ぐらい鋭くてもいいのに、なんだか全部平たくて、まるで人間の口だ。っていうか人間だ。犬耳も尻尾もあるのに!


 木の実や野草で食いつないでいるけど、シャーマンウルフの本能が肉を欲しがっている。日増しに身体が衰弱していく。


「動物たちも、どっか行っちゃったみたいだし……」


 最近、森が騒々しい。戦争でも始まっているのかな? そのせいか、動物えものは森の奥深くに隠れるか、他の森へと移って、見つかりにくくなっている。僕も森を離れた方がいいのだろうけど、体力が残っていなかった。


「……死んじゃうのかな……僕……」


 気力もなく、木々の隙間から差し込む陽光を、後頭部に受けながら突っ伏す。


 ――ふと、僕の耳がぴくと動いた。道の向こうから馬の足音が聞こえたのだ。


「……人間……かな……」


 だとしたら逃げなきゃ。デモンブレッドは魔物と認識されている。人間からすれば敵だ。


 僕は、腕に力を入れて上半身を持ち上げる。けど、すぐさま力が抜けて、地面にぺちっと鼻面をぶつけてしまうのであった。

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