第五話 御奉行、夕食の時間でございます!

 今日の夕食は、僕の歓迎会を兼ねてくれるらしい。御馳走といえば、ホールでの立食パーティや、長いテーブルにズラリと並んでワイングラスを傾けたりとか、僕はそういうのをイメージをしていた。千里眼で、人間のパーティを見たとき、そういう楽しみ方をしていたからだ。


 けど、全然違った。


 まず、部屋はそんなに広くない。というか、食堂ではなく普通の部屋だ。床には草で編んだ『たたみ』という板が敷かれていた。靴を脱いで上がるそうだ。


 中央には、ちょっと大きめのローテーブル。通称ちゃぶだい。全員が『座布団』という薄いクッションにおしりを預けて、それを囲むのである。


 テーブルには、魔法によって火が点くコンロが設置されていた。そこへ、大きな鍋が置かれる。中には、ぶつ切りの肉や野菜が溢れんばかりに詰め込まれている。


「さて、鍋を始める前に吉報なのじゃ。ここにおるミゲルを、家来として迎えることにした。話は聞いておろうがな」


 鍋のメンバーは五人。僕とリオン様。チャコさんに姫様。


 そして、ものすごく綺麗なポニーテールの女性がいた。闇のようにしっとりとした黒髪で、精悍な顔つきをしていらっしゃる。美人だけど、とっつきにくい感じ。いぶかしむように、僕の方をじっと見ている。


「ふたりはまだ会っておらんかったか。ちょうど良い、改めて自己紹介せよ」


「はい! ミゲルシオン・ユーロアートです! 本日より、姫様の家来になりました! よろしくお願いします!」


 ギロリと睨み続ける黒髪美人さんが、素っ気なく返す。


「シークイズ・レモンチューラだ」


 それだけ言うと、彼女はリオン様に射殺すような視線を向ける。


「リオン殿。なぜ、かような流浪者を拾ってきた。こやつがマーロックのスパイである可能性もあったであろう。まこともって浅はかではないか」


「うん、おまえが思っていること全部シュルーナに言ったよ。けど、それでも連れて行くって言ったんだよ。文句なら本人に言ってくれ」


 シュルーナ様が、うんうんと頷いている。シークイズ様はバツが悪そうだった。


「そ、それをお引き留めするのが筆頭家臣たるリオン殿の役目であろう! しかも、まだ子供ではないか! 」


「けど、自分もミゲルくんも、さほど歳は変わらないであります」


「外見年齢なら、わしもそうかわらんのう」


 チャコさんが苦言。姫様はにやにや。さすがに気まずいのか、シークイズ様は顔を真っ赤にして、僕に当たってくる。ちょっとかわいい。


「とにかく! ミゲル! 私は、貴様を認めん! 貴様の座る場所は、私とチャコの間だ。姫様に近づくなよ! 妙な動きをしたら、刃の錆にしてくれる」


「これこれ、やめよ。ミゲルが怯えておるではないか。――すまんのう。シークイズは規律にうるさいゆえ」


 姫様の謝る姿を見て、さすがにしゅんとなるシークイズ様。


「ささ、皆の者。ジョッキは持ったか? では、新たな仲間との出会いを祝って乾杯なのじゃぁ~っ!」


 ジョッキを高く持ち上げ、ガコンとぶつけ合った。景気よく一気に飲み干す。ビールという飲み物らしい。味は、もの凄く複雑だ。苦くて美味しくはない。けど、不思議と喉が進む。


「うぇ……? なんだか、ふわふわする?」


「おおっと、アルコール童貞だったでありますか。うへへへ、大丈夫でありますよぉ、お姉さんが優しく教えてあげるでありまぁす。ささ、ぐいっと」


 チャコさんが、空になったジョッキにビールを注いでくれる。


「さあ、もっとこの小便色の液体を飲んで酔って、フィーバーするでありますよぉ。眠くなったら、ミゲル殿の膝で眠らせてもらうであります。うひゃひゃひゃ、うつぶせでもいいでありますか? クンカクンカするでありますぅ」


 言いながら、僕の肩へと寄りかかってくるチャコさん。うおお、いい匂いがする。これが『酔っ払う』ということなのだろうか。まるで人が変わったみたいだ。


「それにしても、本当に家臣になっちまうとはな。ま、よろしく」


 リオン様から、改めて挨拶してもらった。こうしてみると、凄い場所にいるのだなぁと思い知る。イーヴァルディアの英雄と一緒に食事できるなんて。


「リオン殿。あまり飲まれるなよ」


 さすがはシークイズ様だ。こんな時でもしっかりしていらっしゃる。


「こんなの飲んだウチに入らねえよ。けけっ、おまえと違って強いからな」


 言って、リオン様がビールを一気に飲み干してしまう。


「少しは筆頭家臣の自覚を持っていただきたい。貴殿がそのようでは示しが付かぬ」


「これこれ、喧嘩はやめるのじゃ。鍋は楽しく食すのが礼儀じゃからな。――ほれ、主役がいちばんじゃ」


 シュルーナ様が、椀に具材をよそって、僕に差し出してくれる。


「へ? あ……ししし失礼しました! 僕が配膳をしなければなりませんよね!」


 雑用は、下っ端の僕が進んでやらなければならないじゃないか! 場の空気に気圧されて、ぼーっとしている場合じゃない!


「よい。ほれ、熱いうちに食え」


「そそそそんな!」


「いいんだよ、シュルーナにやらせとけば。鍋だけは、自分で仕切らねぇと気がすまねえんだとよ。鍋奉行なべぶぎょうとか言うらしいぜ。ブギョウってどういう意味かわからねえけど」


「そういうことじゃ。さ、食うがよい」


 これ以上、遠慮しては失礼だろう。僕は姫様が配膳なされた椀を受け取った。


「遠慮はいらんぞ。椀を受け取った者から、熱いうちに食うのが礼儀なのじゃ」


「い、いただきます」


 箸とかいうのも用意されていた。けど、慣れないからフォークで食材をかきこむ。


「熱っ!」


「慌てるでない。具材のひとつひとつを楽しみながら食べるのじゃ」


 では、まずは、野菜を一口……。その時、僕の脳髄に電流が走る。もの凄く美味しい! シャキシャキとした食感が心地よい! 野菜とスープの旨味が口いっぱいに広がる! 次はきのこ! 肉厚なそれを噛みしめると、じゅわっと芳醇なエキスが染み出してくる! そしてお肉! 甘味のある油が、スープと絡んで幸福感の津波を引き起こす!


「美味しいです! こんな美味しい料理、生まれて初めて食べました!」


「そうじゃろう、そうじゃろう。ふふふ、皆の者、待っておれよ。ミゲルにもう一杯よそってやるでのう」


 シュルーナ様は、空になった僕の椀をとって、さらに具材を盛りつけてくれた。肉や野菜でいっぱいになったそれを見るだけで、幸せが込み上げてくる。


「さ、他の者も、食べるのじゃ。――ほれ、シークイズ」


「ありがとうございます。おお、素敵な香りのキノコですね。」


「うひゃひゃひゃ、ミゲルくんのきのこはどんな香りがするでありますかぁ?」


 うおお、チャコさんが僕の股間に頭をねじ込んでくる。うひょう! やめてください!


「くくく、酷い有様じゃろ? じゃが、数分後には、もっとえらいことになるぞ?」




 ――そして数分後。


「くぅ! リオン殿ッ! 前々から思っておりましたが、あなたの忠義は常々ご立派でございました! 『家臣はリオンの如くあるべし』という諺のように、あなたは素晴らしい将にございます! 戦をこなすこと100以上! そのほとんどが負け戦! 死ねども死ねども、姫様のために立ち向かうお姿はまるでゾンビそのもの! 自分も見習いとうございます!」


「ありがとう、シークイズ。けど、僕を見習っちゃいけない。きみに血生臭い戦場は似合わないよ。僕は、姫様のためだけに戦っているんじゃない。きみのような美しい女性を守るために戦っているのさ。汚れ仕事こそ僕に相応しい。――そう思わないかい、子猫ちゃん?」


 そう言って、僕に流し目を送ってくるリオン様。


「ぼ、僕は狼です」


 もの凄い酔っ払いぶりだ。チャコさんも酷いがリオン様も酷い。いや、むしろ紳士になったと誉れるべきだろうか。シークイズ様は、もの凄く良い人になっちゃってるし。


「うひょー! ミゲルくんが狼宣言でありますぅ! お持ち帰りされちゃうでございますぅ! リオン殿ぉ、持ち帰られちゃってくださぁい。自分は、濃厚なBLの現場を堪能させてもらうでありまぁーす!」


「遺言とメイドのお願いは断るなってね。フフ、仕方がないなぁ。狼少年がその気なら、僕は一向に構わないけど?」


「僕は構います!」


「ああ! かわいいかわいいかわいい。お耳、やわらかいぃぃ! ミゲルっ、先刻は厳しい言葉を言ってしまい、もうしわけなかった! まことにもうしわけなかった! 上下関係を重んじなければ、軍が崩壊すると思い、心にもない言葉をぶつけただけゆえ! どうかお許し願いたい! 人材こそ宝! 貴殿の犬耳こそ国宝! ありがとう、ミゲル! ありがとう、我が軍に来てくれて! このシークイズ・レモンチューラ、貴殿を歓迎するぞっ!」


 背後から僕の頭を抱きしめ、犬耳をほにほにしてくるシークイズ様。うう、嬉しいけど気恥ずかしい。


「うひゃひゃひゃひゃ、ミゲルくん、顔がこわばっているでありますよぉ? アルコールが足りないんじゃないでありますかぁ? ほーれほれほれ、もっと飲むでありまぁす」


 僕のジョッキに、ビールがなみなみ注がれていく。


「ふふ、ミゲルは人気者だね。――けど、チャコ。お酒をむりやり飲ませるのはナンセンスだよ。酒は飲んでも飲まれるな、ってね」


 そう言うリオン様は、もう二十杯ぐらいビールを飲んでいる。致死量を超えているんじゃないだろうか。死なずのリオンだから死なないのかな。


「そりゃあ、失礼だったのであります! では、このチャコ・トルスター、お詫びに脱ぐであります!」


 メイド服をしゅるるるバサリと一瞬にして脱ぐチャコさん。豊満な胸が露わになる。ヒュウとか口笛を吹いている場合じゃないです、リオン様!


「あわわわわわ! ふ、服を! ととと、とりあえずこれを!」


 僕は、座布団を押しつけるようにして前を隠してあげる。


「チャコが脱ぐなら、私は着ようではないか!」


 べろんべろんのシークイズ様が、チャコさんのメイド服を着始める。装着するには、今着ている服を脱ぐわけで、漆黒の下着が一瞬だけど露になった。


「風邪を引くよ、兎ちゃん。さ、僕の上着を貸してあげよう」


 リオン様が、召し物をチャコさんに着せてあげる。


「あぁん? 上着だけでありますか? おらおら、下も脱ぐであります!」


「あぁ! な、何をするんだ! わわっ!」


「ほれほれ! きのこを見せるのであります! 具材にきのこを追加するであります! 誰か包丁持ってこいや! こいつ不死身だから何度でも再生するでありまぁす! ひゃーっはっはっは!」


 このメイド兎。酔いが覚めたら、リオン様に殺されるんじゃないだろうか。


「それは勘弁なのじゃ。皆の者、茶でも飲んで、少しは落ち着けい」


 シュルーナ様が、人数分のコップに緑色のお茶を注いでくれる。さすがは姫様だ。酒を飲んでも理路整然としておられる。


「いやはや、ミゲル。驚いたであろう」


「あ、はは、そ、そんなことないですよ」


「おぬしは酔っても変わらんな」


「いえ、頭がぼんやりして、身体がふわふわします」


「ふむ。ならば少し休憩するか。ちとつきおうてくれ。夜風に当たりたくての。こやつらはこんなんじゃし」

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