第十七話 始まる評定。辛辣な表情。


「――さて、続いて評定(ひょうじょう)を始めるのじゃ」


 評定とは、会議のことだ。これからのことを話し合うのだろう。脇にいた大勢の魔物たちの多くは、このタイミングで帰ってしまうまあ、考えるのは僕たちデモンブレッドの仕事なので、彼らには興味のないことなのだろう。


 シュルーナ様が、掌をかざす。巨大な淡い地図が床へと広がっていく。


「現状はこんな感じじゃな」


 北のエリッダ国。

 マーロック軍の兵力約10000(推定)。


 現在地ベルシュタット城。

 シュルーナ軍の兵力約3000。


 南のリーデンヘル。リーデンヘル城のフロライン軍の兵力12000。包囲中のシュルーナ軍の兵力17000。


 特筆すべきは、リーデンヘル城の包囲を完全に成功させていることだろう。これは偏に、兵の質によるものだ。魔物は馬よりも早く動けるし、持久力もある。戦の上手い指揮官デモンブレッドがいれば鬼に金棒だ。


 現在は、リーデンヘル城の食料は少なく、負傷者も多く、士気も低いという背景もある。そういう状況に追いやるために、かなり苦労していたみたいだ。


「10000……思ったより少ないんですね。マーロック軍」


 僕がつぶやくと、チャコさんが説明してくれる。


「昔は50000もの兵を率いていたみたいでありますよ。魔王様がお亡くなりになって、離れていったみたいでありますけど」


「ケケッ、奴の人望のなさが窺えるな」


 嘲るように笑うリオンさん。


「いっそのこと、リーデンヘルの包囲を解かれてはいかがでしょうか。マーロックを全力で叩いてから、再度リーデンヘルの攻略をするというのは?」


 シークイズ様がアイデアを出した。


「包囲を解くとき、フロラインが追撃してきたらどうするんだよ」


 リオン様が反論。


「それはないだろう。リーデンヘルは疲弊している。しばらくは国力回復に努めるはずだ」


 またもやシークイズ様が切り返す。


 こうやって評定は進められていく。


「マリルクよ。おぬしはどう思う? 六賢魔として意見を聞こう」


 シュルーナ様が問うた。


 って、六賢魔? この御方が六賢魔のひとり!? 魔王軍の中でも、ずば抜けた知謀を持つ天才集団のひとり!? 凄い! シュルーナ様の軍には、かような御方もいらっしゃられたのか!


「リーデンヘルからの撤退はありえないね。あとが続かない」


 ここでリーデンヘルを潰しておかなければ、食料を調達されてしまい、これまでの包囲が水泡と化す。長期化は必至。そうしているうちに、他の六惨将は刻一刻と戦力と領地を増やし、シュルーナ軍が対応できないレベルにまで膨れ上がってしまう。そう、マリルク様が述べる。


「なるほどのう……。先を見据えれば、のんびりしている暇はない、か」


 ゆえに、ベルシュタットでの防衛戦。リーデンヘルの攻城戦。これが同時に行われることになる。マリルク様は、床に広げられた地図の上を動きながら説明する。


「ベルシュタットの守りはシークイズに任せたい。守る戦に関してはプロフェッショナルだ。適任だろう」


 このベルシュタットでは籠城にてマーロックの進軍を食い止めてもらう。時間稼ぎだ。籠城というのは、守る側が非常に有利。少ない兵でも長く耐えられるという。次に、リーデンヘル方面へと移動しながら、マリルク様が言う。


「リーデンヘルへは、姫様とリオンが向かう。ふたりの姿を見れば、敵の士気を削ぐことができるし、いざとなったら一気に攻城戦へと持ち込むこともできるからね。僕も行くよ。臨機応変な応対も可能だ。」


 六賢魔のマリルク様と、筆頭家臣のリオン様、それに姫様……凄まじいメンツだ。さすがのリーデンヘルとて、ひとたまりもないだろう。


「なるほどのう。良い案じゃ」


 マリルク様の隙のない提案。さすがだと思った。けど、姫様には気になる点があったようだ。


「しかし、それならば、おぬしにもベルシュタットに残ってもらいたい」


「おや? シークイズだけでは心許ないと言いたいのかな?」


 それを聞いたシークイズ様は、むっとした顔になった。


「そうは言うておらん。シークイズほど頼りになる将はおらぬ。ただ、マリルクがリーデンヘルに行く理由がない」


「戦術や戦略の考案に調略、戦後処理。僕の仕事は山ほどあると思うけどね?」


「そんなのわしでもできるわい。おぬしは、ここに残れ」


 マリルク様は瞳を閉じて、軽やかに鼻で笑う。


「その提案はいただけないな。リーデンヘルでの戦には、六賢魔の僕という人材が必要になる」


 六賢魔のマリルク様が言っておられるのだから間違いないだろう。


「……おぬし、マーロックが怖いから、ここに残りたくないんじゃろ?」


 姫様がズバリ言うと、リオンさんもシークイズ様もチャコさんも、うんうんと頷いていた。――あれ?


「わしやリオンと行動するのが、もっとも安全ゆえに、一緒に行きたいだけじゃろ?」


「私を評価してもらえるのはありがたいが、内政もあるゆえ、マリルク殿もいてくれた方がありがたい」


「言っちゃ何だが、こいつ(シークイズ)頭は良くないから、ひとりで城を守らせるのは、ちょっと厳しいんじゃねえか?」


「口が過ぎるぞ、リオン殿」


 シュルーナ様、リオンさん、シークイズ様が次々に苦言を呈する。するとチャコさんが、僕にこっそり耳打ちしてくれた。


「あの人、六賢魔のひとりで、めちゃめちゃ頭がいいでありますが……その……臆病で、なんというか『逃げ戦』の天才なのであります。ついた異名が『蜃気楼のマリルク』。絶対に捕まらないし、殺されないのでありますが、とにかく逃げたがりで……」


 わお、だ。まさか、姫様の家臣に、そのようなメンタルの持ち主がいらっしゃったとは。


「マリルクよ。おぬしはここに残れ」


「……断る。例え姫様の命令でも、これだけは絶対に譲れない」


 ギリと奥歯を噛みしめ、シュルーナ様を睨みつけている。


「ならぬ。大局的に戦を見れるのは、わしとおぬししかおらぬ。わしがリーデンヘルを落としてくる間、おぬしはこのベルシュタット城を死守せよ」


「絶対に嫌だ! ……そんなことになったら、僕はマーロックに寝返るぞ!」


 うわ、やばい。唐突の寝返り宣言だ。ちんちんが戦慄する。


「アホか!」


 姫様が『おたま』を投げつける。マリルク様の額にコンッ。


「痛いっ!」


「おぬしは留守番じゃ! ――シークイズよ。こやつの御守を頼むぞ。わしがリーデンヘルから戻るまで、ベルシュタット城を防衛せよ」


「はっ、マーロック如きに城を落とさせはしませぬ」


「嫌だーっ!」


 脱兎の勢いで、謁見の間から逃げ出そうとするマリルク様。僕は、マジかと思った。こんなにも逃げ腰な軍師がいてもいいのか。


 けど、そんなマリルク様がピタリと動かなくなる。走っているポーズのまま、まるで時が止まったかのように。


「か、身体が……動かない……? シ、シークイズの仕業かな?」


「いかにも。――悪いが、御守を任された以上、軍師殿を逃すことは絶対にないのでな」


 どうやら能力を使って、マリルク様の動きを止めたらしい。シークイズ様は、なんのデモンブレッドなのだろう。


 この隙にチャコさんがロープで、マリルク様をぐるぐる巻きにしてしまう。蓑虫みたいになった彼女は、そこら辺に転がされる。「ぐすん」と、半泣きになるマリルク様。なんだ、この変な軍師。


「……嫌だ……。相手はマーロックだよ……六惨将最強の将だよ……魔王様の元右腕だった男だよ……。奴のところには絶計のキルファもいるんだよ。あいつ、僕のこと嫌いだから、絶対に嫌なことしてくるよ……」


「このベルシュタットは堅牢じゃ。おぬしなら、今いる3000の兵で持ちこたえられるじゃろ。難しいのであれば、リーデンヘルからいくらか引き返させるが」


「うぅ……3000……? そんなにいらないよ。半分でいいよ……っていうか半分の方がいいよ……」


 半分? たった1500の兵で、マーロック軍10000を退けるというのか!


「ほう、さすがは六賢魔よ。妙案があるようじゃな――」


 ――こうして評定が終わる。


 シュルーナ様、リオンさん、チャコさん、南のリーデンヘル城攻略へと向かうことが決まった。ちなみに、僕も姫様と一緒に行くことになった。


 出発は、三日後だ。それまでに戦の準備を整える。城下の非戦闘員の魔物たちにも、事情を説明して混乱を防がなくちゃいけないし、協力してくれないかとお願いしなくちゃいけない。武器や食料の用意もする。リオン様のデッドリッターの疲労も激しいので、なんとか回復させてあげたい。



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