第十二話 イシュタン・サラマンダー

 ――イシュヘルトは驚いていた。


 身体もミンチにした。頭も握りつぶした。だが、リオンは死なない。コアが肉体のどこにあるのかもわからない。思念さえあれば復活できるのか? 身体のどこを潰しても、爆弾の導火線のように蒼炎を焦らしながら、肉体を完全に再生させるのだ。


「どうなっている、リオンッ! 貴様の肉体はッ!」


「言ったろうが! 不死身なんだよッ! ――だが、テメエは違うようだな! テメエは不死身じゃなくて『再生』だろ? じゃあ、心臓をぶち抜けば仕舞いじゃねえかぁんッ! 『爬虫類』のイケメン筋肉兄貴様よぉッ!」


 槍が、イシュヘルトの横腹をかすめる。カウンター気味に、殴りかかるイシュヘルト。リオンは、蝶のようにひらりと翻る。


「――ん? 僕の種族に気づいた?」


「イシュタン・サラマンダーだろ?」


 アーメイア熱帯雨林に生息する狡猾で凶暴なトカゲだ。体長は80~400cm。魔力を使い、自分を含めた周囲の景色を透明化することができる。


 凶暴で悪食。高い再生能力を持ち、例え負傷箇所が内臓であろうとも、回復させることができる。透明化は、身を守るためではなく、狩りのために使われる。自分より大きな魔物にも、怯まず襲いかかって捕食する。


「ご名答。だが、わかったところで、それがどうした! きみは僕に勝てない! 圧倒的に実力が足りていない! そして、シュルーナ姫も同じだ! 彼女では世界を治められない! 魔物は強くなくてはならないんだ! その点で、姫様は不適格!」


「あいつのこと、なぁんも知らねえんだな。封印さえなけりゃ、おまえんトコの大将よか、遙かに強えよ!」


「ははっ! 封印されているから問題なんじゃないかなぁッ!」


 イシュヘルトの右腕が膨張。強烈なパンチが放たれる。数多の木々が一瞬にして吹っ飛ぶ。


 リオンは飛ぶように回避。だが、木にぶつかってバランスを崩す。イシュタン・サラマンダーの能力を使って、木を見えなくしておいたのだ。


「なッ――ぐがッ!」


 そこへ容赦なく拳を撃ち放つ。避けきれなかったリオンは、槍ごと右腕を失う。まあ、性懲りもなく再生させていたが。


「素晴らしき不死身っぷりだ。けど、純然たる筋肉と魔力にはかなわないねぇ!」


「たかが不死身と嘲笑わらった連中は、もれなく地面にキスしてご永眠。百回殺されても、こっちは一回殺しゃ勝ちだ。だぁれも、俺の殺し方を思いつかねえからな!」


 自信を持つのもわからなくない。規格外の不死身には、それぐらいのアドバンテージがある。だが、蟻では獅子に勝てない。万の命があろうとも。


「我々デモンブレッドは、種族の能力スキルを強く引き出せるのは知っているよね?」


「常識だろ。おまえの再生能力も、イシュタンとは比べられないほど早いしな」


「うむ。ということは、だ。――もうひとつの能力も比べものにならないのだよ!」


 さて、様々な能力を持つイシュタン・サラマンダーだが、その体長は80~400cmと書物などには表記されている。なぜ、これほど差があるかというと、イシュタン・サラマンダーは、魔力によって、全身――あるいは身体の一部を、質量と密度を保ったまま、巨大化させることができるからである。それが、デモンブレッドともなると――。


「ふふ、ははははははっ! なぜ、僕が身体を鍛えていると思う? 美しいからだけではないよ? 能力を使った時、より強く真価を発揮できるからだ!」


 イシュヘルトは、内なる魔力を解放する。全身に魔力が染み渡り、臓器や筋肉、骨格、肉体のすべてが徐々に膨れあがっていった。


 並のイシュタンであれば、せいぜい4、5倍が限界であろう。だが、イシュヘルトの魔力はその比ではない。膨れあがった細胞が、周囲の木々を押し倒し始めた。緑の天井を突き抜け、それでも身体は膨張と成長をやめることはない。


「お、おいおい嘘だろ……」


 そして、顔つきまでもが変わっていく。口がみるみるうちに裂け、トカゲのように鼻から口にかけて伸びていった。肌の色も山吹色へと変色を始める。全身の皮膚が逆立って鱗が構築される。


 それはまるでトカゲ――いや、恐竜という表現が正しいであろう。


「鍛えていてよかったぁ! 何百倍にも膨れあがる筋細胞! ならば、筋密度は濃く! 硬く! 強くあるべき! ビューリホウだよ僕ッ! 筋肉最高! さあリオン、かかってくるがいい! 百回で死なぬのなら千回殺そう! 千回でも足りなければ万回殺してあげよう! タップリと、この筋肉の素晴らしさを教えてあげるよぉッ!」


 城の如く巨大な姿となって、ようやくイシュヘルトの膨張が収まった。だが、視界には見渡す限りの森。リオンは生い茂る木々の中。これでは見えないではないか!


 掌をかざす。一瞬にしてリオンの周囲一帯の木々が透明化した。これで見える!


「な――ぶがしッ!」


 呆気にとられているリオンめがけて、挨拶代わりに拳を叩きつける。一瞬にしてミンチになった。すぐに再生が始まったので、イシュヘルトは彼を握りしめた。そして、自分の鼻先へと持ってくる。


「ははッ! 何十トンもの筋肉の前では不死など矮小なもの! 小細工は通用しない!」


「ぬ、がががががッ!」


 力尽くで拳をこじ開けようとするリオン。


「は……ぐ……こ、このナルシス蜥蜴が……ッ!」


「苦しいだろ? 死ぬほど痛いだろ? 死ぬ術があるのなら言うといい。すぐ楽にしてあげるよぉ? 万が一にも、きみに勝ち目はないのだから!」


 ブシュリと、内蔵ごとリオンの身体を潰す。掌の中で再生が始まる。


「は……は……う……い、痛え……」


「ん、んん? 試しに腹の中へと放り込んでみようか? 消化液の中で永遠の死を輪廻させてあげようか? そしたらお腹が減らなくなるね! 無限タンパク質だぁ!」


「や、やってみろ……」


「あはっ! やるわけないだろう! 腹の中で暴れられたらかなわないもぉん! さ、どんどん殺すよぉ? 肉体はともかく、精神は無事でいられるかな? 永遠の苦痛を脳が受け入れた時、果たしてきみは自我を保っていられるのかな?」


 爬虫類特有のぎょろりとした目玉がリオンに向けられる。


 ――空は青(あお)かった。

 森は緑(あお)かった――。


 澄んだ空気に、数多の蒼(あお)い光の粒子が漂っていた。


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