第二十二話 クリオネと魔王

「開門! 開門!」


 兵士の野太い声が響き渡り、長らく閉ざされていたリーデンヘルの城門が開く。


「みんな、よく決断してくれたわね」


「それは我々の台詞でございます。日和見主義のガンディスの意見に耳を貸す必要はございません。このロカード。身命を賭して姫様と民をお守りいたします」


 フロラインは独断で動いた。兵士たちに声をかけ、共に戦ってくれる者を募った。結果、1000の兵が参戦してくれることになった。少ないが、国のために命も立場も捨てられる真の精鋭だ。


 そのほかの兵たちは、大臣たちの圧力がかけられたのか、動くことができなかった。それでフロラインが諦めると思ったのなら、浅はかにもほどがある。


 とはいえ、切り札であるフロラインに何かあっては困るのか、城壁から援護ぐらいはしてくれるらしい。魔道士と弓兵がずらりと配備されている。


「この一戦で終わらせるとは思わない。だが、結果を残せば、他の兵も気が変わるはず。あなたたちみたいに、己の意思で参戦してくれる人も増える」


「はっ!」


「けど、もし……この刃がシュルーナに届くのなら――」


「心得ております!」


 万が一、その可能性が見えたのなら、命を賭してでも殺さねばなるまい。幸い、もっとも厄介なリオンが南門の方に配置されている。


「さあ、希望の幕開けよ! ――みんな! あたしに続きなさい!」


「うおおおおおおぉぉぉぉぉッ!」


 雄叫びが、大砲のような怒号となって平原へと響き渡る。白馬に跨がるフロラインを先頭に、1000の騎馬軍団が城門より飛び出した。


 前方には魔物部隊。

 3000はいるか? 


 前衛を、二足歩行の爬虫類たちが担っていた。連中は、大口を開け、炎を吐き出す。


「怯むな! そのまま突撃よ!」


 フロラインは呪文を詠唱。冷たい風が敵へと向かっていく。それが炎を霧散させた。

 

 後続の騎馬部隊が突っ込んだ。魔物を蹴散らしていく。しかし、進撃はすぐに止まる。爬虫類の背後に控えていたのは、体格のいい熊や猛牛、ゴーレムなどの魔物。


 前に出るフロライン。


 隻眼の巨人が斧を振り下ろした。剣で受け止めた瞬間、みるみるうちに斧へと霜が帯びる。それはやがて腕を伝って全身を凍りつかせる。力を込めると、巨人は爽快な音を響かせて粉々になった。


「おお! さすがは姫様!」と、兵士たちから歓声が上がる。


 ――緩い? ――手緩い? 

 こちらの士気が高いのか? 

 いや、油断はできない。


「姫様。我らが活路を開きますゆえ、平原を抜けて敵本陣を強襲してください。幻惑の魔女の姿は見えませぬし、いまならシュルーナを討てるやも」


 ――いや、それは都合が良すぎる。

 何かある。何か――。


 迷っていると、突如として城の方が騒がしくなる。


「ッ!? 何があったのッ?」


「あれは……もしや、南門が襲撃されているのでは?」


「まさか、リオン・ファーレッ?」


 シュルーナ本陣から鳥系の魔物が解き放たれる。一瞬にして制空権を握られてしまった。


 さすがはシュルーナ。頭が切れる。このタイミングで城を攻撃し、フロラインの動きを制限するつもりか。たしかに、彼女不在の城は、大打撃を受けるだろう。


「くっ、部隊を反転! すぐに城へ戻るわよ!」


 兵は滞りなく動いた。魔物たちが、その進路を阻まんとする。城壁の兵士たちが雷魔法を詠唱。周囲一帯に雷を降らせる。隙を突いて、1000の騎馬が城門へと向かう。


「あたしたちの退路を断つつもりね。魔物の分際で、頭が回るッ!」


 その時だった。フロラインの愛馬の横腹が、ぶくりと膨れあがった。それは、瞬く間に妖艶な女性の姿となる。


「油断大敵よ。お姫様」


「な……ま、魔物ッ?」


 気づかぬうちに馬に取り付いていた? しかも、人間に近いその姿はデモンブレッド。名前はたしか――。


「ヒュレイ・ロットチーニッ!」


「光栄ね。名前を知ってくださるなんて」


 ヒュレイの腕がギュルリと回転し、杭のように鋭くなった。槍のように突かれる。フロラインは、掌を氷で硬質化させて受け止める。


 人間の姿をしているとはいえ、さすがはデモンブレッド。パワー負けして、派手に落馬してしまう。気づいたロカードが引き返そうとしたので、フロラインは叫んだ。


「私のことはいい! 城に戻って門を閉めなさい!」


「はっ!」


 さすがに1000の兵では無謀だったか。いや、行動することに意味がある。せめて、ヒュレイを討ち取れたら――。


 ――予断を許さない状況で、ロカードが言葉通り受け止めてくれたのはありがたい。


 フロラインの危機を見た城壁の兵士たちが、ヒュレイめがけて一斉に雷を落とす。だが、彼女は再び腕を変形させ、きのこの傘を作り上げた。嵐のように降りしきる雷たちを、涼しげに防いでいた。


「強いわよ、わたくし。引きこもりのお姫様に、相手が勤まるかしら?」


「ざけんな。あたしは、あの悪名高き勇者一味のひとりよ。魔王に比べたら、あんたなんかクリオネみたいなもんよ」


「弱い、って表現したいみたいだけど、例えがヘタねぇ……」


「う、うっさい! うっさいうっさいうっさい! あんたなんか、あたしの敵じゃないんだから! 粉々にしてかき氷にしてシロップかけて食べてやるわ! 気持ち悪いけど!」


 ――うん、あたし、例えるのはヘタみたいだ。


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