第三十六話 人魔一体の計

 シュルーナは、リオンを諫め、チャコと共にテントへと戻った。そこで、感動に近い感情を持って、言葉を落とした。


「見事……まことに見事であった」


 ミゲルの働きは、確実に窮地を救う一手となったであろう。これは、シュルーナにも思いつかなかった大胆な戦略であった。


「さすがに……俺もビビったぜ」


「ミゲルくん、すごいであります……まさか、リーデンヘルとの同盟を成功させるとは……」


 あの時、たしかにミゲルとフロラインは同盟を交わした。フロラインの真摯たる決意には、おそらく万感の思いが込められていたのだろう。ミゲルシオン・ユーロアートは、それを確信した。


 そして、その後――ミゲルは、フロラインに殺されることを望んだ。ふたりを見れば、キルファが同盟を懸念すると思ったからだ。


 だが、実際はフェイク。

 ミゲルは死んでいない。


 フロラインのボディーブローで、身体の表面を一瞬だけ、堅く凍り付かせた。そこへ、刃を滑らせているだけで、実際には切れていない。その後、見せしめの如く氷の墓標へと閉じ込められたが、フロライン曰く、彼女の意思ひとつで解凍し、復活させることも可能だという。あのやりとりのおかげで、キルファを欺くことができたであろう。


 しかし、なぜ、一連の出来事をシュルーナたちが気づくことができたのか。――それは、ミゲルとフロラインが、すべて『口頭』で説明したからである。


 あの状況でミゲルは、シュルーナの本陣を見ていた。そこで、チャコを見つけたのである。


 チャコは、崖飛びウサギのデモンブレッドである。彼女は、凄まじく耳がいい。城壁で会話を始めたのならば、必ずや聞き耳を立ててくれるとミゲルは思ったのだ。


 ゆえに、チャコはふたりの会話を聞いていた。同盟が相成る過程まで聞いていた。


 会話が終わると、ミゲルがこれからの策を述べた。フロラインに殺されることも説明した。リオンがブチ切れたのも指示だ。


 ミゲルがチャコの存在を確認し、聞いていることを前提に語ってくれたのだ。チャコも、小さく頷いてあげていた。その所作もミゲルは見ていた。


 ――この時、両陣営の意思疎通が完了したのである。


 シュルーナは、もはや信じる――いや、従うしかなかった。ミゲルが、命をかけて掴んだ最強の策である。人間との共存の第一歩が、同時に戦への勝利へと導く――。人魔一体となるこれ以上の計略があるだろうか。


「ミゲルシオン・ユーロアートよ……真に大儀であった」


 直接褒めてやれないのが不甲斐なく思うほど、シュルーナは彼を敬う。


「おい、シュルーナ。もし、これが上手くいったら、戦に勝てるだけじゃねえ……歴史が変わるぞ。おやっさんでも成し遂げられなかった、人間との共存……その幕開けじゃねえか」


「きっとそうなる――いや、必ずやそうなるであろう」


 言って、シュルーナは号令をかける。


「明日、この戦を終わらせる。皆の者、支度を始めよ」



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