第八話 負け戦請負人。略してまけまけ。
「デュラハン隊! 西の敵を蹴散らし、挟撃を防げ! マジックグール隊は詠唱を始めろ!」
馬上のリオンが槍を振り回す。一薙で、四、五匹の魔物が蹴散らされる。そして、戦いながらも部下に指示を出していく。
「スカルウォリアー隊! 陣形を乱すな!」
リオン・ファーレの部隊は精鋭中の精鋭。
通称、デッドリッター。数は約300。リオンが直々に鍛えている上、不死身。どんな苛烈な戦でも、ほぼ全員が生きて帰ってこれる。ゆえに、付き合いの長い者が多く、絆も強い。
率いるリオンも一騎当千。魔物たちの間では『死なずのリオン』と恐れられている。そして、シュルーナからは『負け戦請負人』と呼ばれていた。どれほど酷い負けかたをしても、必ず生きて帰ってくるのだ。
「あ、あの、リオン様……」
リオンの背中にいるミゲルが、ぼそりとつぶやいた。
「黙ってろ!」
普通の撤退戦なら、敵は背後からしか来ない。だが、現状は両サイドからも敵が襲い来る。森の移動を得意とする魔物で構成されているのだろう。獣や昆虫系の魔物が多い。
――最悪だ。と、リオンは思った。
不死者で構成されているからこその強みがある。己を顧みず戦うことで、思い切った攻撃、戦術を使えるのだ。しかし、ミゲルを守らなければならないという任務のせいで、そのアドバンテージが失われつつある。
「くそっ、後続の部隊が遅れてやがる……。――おい、ミゲル。馬から落ちるなよ。拾ってやらねえからな」
「は、はい」
現状は、馬上でミゲルの子守――。
こいつの功績は凄まじい。もし、敵を見つけてくれなければ、詰んでいたかもしれない。その点に関してはミゲルを認める。だが、戦場には向いていない。最小限の戦闘力すらないのなら、はっきりいって邪魔。
……しかし、ミゲルも被害者か。シュルーナは無茶を言いすぎた。こいつに期待しているのはわかるが、時期尚早にもほどがある。
リオンとて、部下の命を預かっている身である。不死身とはいえ、条件が揃えば死ぬ。ゾンビなら頭を破壊されれば動かなくなる。特定の殺され方をすると、甦ることができなくなる奴もいる。頭部を切断され、遠くに投げ捨てられたら戦線を離脱するしかない。捕らえられることもある。
物言わぬ兵だが、個々に意思はある。犬を家族と思う者がいるように、リオンにとっても部下は家族も同然だ。無駄に命を散らせたくなどない。
「マジックグール隊! やれ!」
辺り一帯に雨の如く稲妻が叩きつけられる。敵の魔物たちが怯み、あるいは打ち据えられる。
数の差は絶望的。こうして何匹も討ち取ってはいるが、さすがに多勢に無勢か。
ボーンイーグルが飛んでくる。左腕を伸ばすと、骨の翼をばたばたとさせながらとまった。クチバシで肩をつつく。その回数で、後方の状況を伝えてもらう。
「ちっ。スカルウォリアー隊が補足されたか。……仕方ねえ、救出に向か――ん?」
その時だった。リオンは森の奥で魔物の群れを見つける。
「あいつら、俺を無視してシュルーナを狙う気か? ――おい、タイガーゾンビ隊、奴らを――」
背後のミゲルが、俺の言葉を遮った。
「リオン様、あの部隊は放っておくのが得策だと思います」
「……黙ってろと言ったハズだ。俺の戦いを見てろ。それがおまえの仕事だ」
「し、しかし、あの部隊は陽動です。リオン様の部隊を攪乱しようとしているだけです」
シュルーナを追うフリをして、リオンの部隊を引きつけ混乱させる。ゆえに、あえて見つかるように移動している。よく見れば、動きもさほど良くない。追いかけられたくて仕方がないのか?
「数も、そんなに多くありません。シークイズ様とて、手練れなのでしょう。万が一の時は、姫様をお守りしてくださるのでは?」
たしかに、あの程度ならばシークイズと親衛隊でなんとか対応できるだろう。まあ、あとで小言を言われるかもしれないが。
思案しているウチに、その部隊が視界から消えてしまう。どうする? タイガーゾンビなら、匂いで追撃できるが――。
「やはり、陽動だったようですね。追いかけてこないので、奴らの足が止まっています。姫様を追いかけるどころか、こっちに戻ってこようかと迷っています」
「なんで、そんなことがわか――」
リオンが振り返る。すると、ミゲルは眼を閉ざしていた。額の紋章が瞳の形を浮かび上がらせている。どうやら、自分の目で確認したらしい。
――やるじゃないか。と、心の中でリオンは思った。シャーマンウルフは頭がいいと聞いたことがある。リオンが思っている以上に、ミゲルは切れ者なのかもしれない。
「……おい、おまえが俺なら、この状況をどうする?」
リオンは、自分の采配に自信がないわけではない。だが、ミゲルという少年に興味が出てきた。
「逃げながら戦っているせいで、部隊が縦に伸びすぎています。密集し、立て直します」
「包囲されるぞ」
「このままだと後続が千切れます。リオン様の戦いを見ていると、仲間を気遣っておられるようにみえました。全員が生きて帰るなら、陣形を整えるのが上策かと」
ミゲルは、デットリッターの特性をわかっているようであった。群れで行動してこそ持ち味が活かせる。倒れてから復活するまでのタイムラグ。密集した状況での乱戦ならば、お互いをフォローしあい、復活までの時間を稼げるのだ。
「ち、わかってるじゃねえか」
よくもまあ、その結論にたどり着けたものだと、リオンは思った。
「全員、街道に戻れ! スカルウォリアー隊と合流する!。死にたがりの友よ! 死んで還って来い! 俺たちゃ負けても死んだことがねえんだからよぉ!」
「グォオオォォォオォォ!」
不死者の雄叫びが、森中に広がった。散らばっていた兵たちが、徐々に街道へと集結を始める。リオンは槍を振り回し、来た道を引き返す。後続の控える地へと突進する。
「俺に続けぇえぇぇえぇッ!」
忠実な兵士たちが、死を恐れずに敵へと突っ込む。幾多の戦に、全員が恐れを置いてきた。命懸けの特攻において、デッドリッターの右に出る奴らはいない。
リオンの槍が敵を薙ぎ払う。続く不死者たちも、武器や身体でぶつかっていく。
「す、凄いです……。これが、最強の不死者部隊……」
前方に敵。数匹のリザードマンが一斉に槍を突き出す。馬とリオンに、三本ずつ突き刺さる。
「小賢しいッ!」
馬も不死身だ。手綱を強く握りしめる。槍は、さらに深く突き刺さるが、ベクトルの赴くままに任せた。槍が、背中側へと抜けたようだ。ミゲルが「ひぃ!」と、驚いている。背後にいる彼の腹をかすめたらしい。
槍を放さぬゆえに、引きずられていく敵兵。それらを、丁寧に斬り伏せていく。
「痛ぇんだよ!」
リオンは、刺さった槍を親指でへし折った。柄を捨て、刃の部分を抜く。それを、そこら辺にいる魔物へと投げつけて仕留めた。
「スカルウォリアー隊を見つけた! 陣形を整えろ!」
打撃を食らえば、容易くバラバラになる骨の兵。だが、砕け散るのではなく、関節部分で分解される。魔力によって骨同士が引き寄せられ、何度も立ち上がる見た目以上にタフな集団だ。連中もリオンの到着により士気が上がる。雄叫びが響き渡る。
「リオン様、敵の後詰めがこちらへ向かってきています」
「見えるのか? 規模は?」
「100以上はいるかと。リザードマンを中心に、強そうな魔物で構成されています」
敵の数は最終的に800ほどになる。リオンは約300だ。精鋭とはいえ、これだけの戦力差を覆すのは難しい。しかも、追撃されている立場だ。時間を稼いだら、チャンスを見計らって一気に脱出せねばなるまい。
「どのぐらいで到着しそうだ?」
「十分から十五分ほどです。――こちらの陣形が整い次第、足の遅い魔物から撤退を」
「駄目だ。もっと、時間を稼ぐ必要がある」
「いえ、敵にとって、この追撃戦はおまけです。執拗に追いかけてはこないでしょう。不眠不休での行軍が災いしているのか、魔物たちに疲労の色が見られます」
そういうところも『見て』いるのか、ミゲルという少年は。
たしかに、敵の進軍速度は異様だ。よっぽどの無茶をしなければ、このタイミングで奇襲などできなかっただろう。かなり無理をしている。
そもそも、目的は砦の包囲。あるいは砦の奪取。追撃戦の意欲は低い。
「そこまで俺に意見するとはな」
「へ? あ、あわわわ、すすすすいません! そうですよね! ごめんなさい!」
「冗談だ。好きなだけ発言を許す」
「え……? は、はい! ――リオン様の騎馬隊は最後に撤退するようにします。目一杯、敵の追撃を受けてもらいます。引きつけたのち――え? リ、リオン様! 前を見てください!」
「あ? 前?」
向き直るリオン。だが、そこには何もなかった。けど、次の瞬間――。ミゲルはリオンの肩を飛び越え、何もない空間へと飛び出した。
「おまえ、何を――」
短剣を振り回すミゲル。だが、なぜかミゲルの脇腹の方が、ザクリと裂かれた。ブシュリと、血が噴水のように吹く。
「がっ……はッ……!」
ゴロゴロと転がるミゲル。悶え、苦しみながらも、彼は打ち上げるように叫んだ。
「――見えない敵がいます!」
「見えない敵だと……? ジュラフェリス! ミゲルを守れ!」
斧を持った二足歩行のドラゴンゾンビが、配下を率いてミゲルを囲むように守る。ほぼ同時。リオンは跳躍するように下馬。そして『敵がいるであろう場所』で、槍を一周させた。すると、槍はガキンという金属音を弾き、宙でピタリと止まる。
「――ほう、とっさの判断にしては見事。勘もいい」
何もない空間から声が漂ってくる。大地から、彩られるようにして脚が、膝が、腰が、胸が、徐々に現れていき――やがて、大剣を構えた筋骨隆々の青年が出現する――。
片眼を髪で隠した美男子。けれど、無骨な筋肉のせいで、ルックス的にはアンバランス。袖のないローブからは、研ぎ澄まされたムキムキの腕が伸びている。
「てめえが指揮官か?」
「いかにも。そういうきみは、死なずのリオン・ファーレだね?」
筋肉美男子が、大剣でリオンの槍を押し返す。お互いが間合いを取って構えた。
「我が名はマーロック様の家臣イシュヘルト・クルーガー」
大剣を大仰に振り回し、ポージングを決める無骨なイケメン。
「気持ちの悪い野郎だな。テメエがこの部隊の指揮官か」
「気持ち悪いとは失礼な。この美しさがわからないかい? 百戦錬磨のリオン殿なら、こういったボディメイクにも理解があると思ったのだが」
袖のないローブを掴み、破り捨てるように脱いだ。上半身が赤裸々となった。案の定、気持ちの悪い筋肉だ。まるで岩石である。その岩石がピクピクと蠢いていた。キモい。
「ぜんっぜん興味がねえ。ボディをメイク? 訓練してりゃ、自然に鍛えられんだよ」
――姿を消すのが奴の能力か? なにがベースのデモンブレッドだ?
リオンは、奴の存在にまったく気づけなかった。そして、先の一合。槍をぶつけた感触が、まるで岩を叩いたようであった。馬鹿でかい大剣を軽々と扱っている。腕力にも自信があるらしい。相当の手練れである――。
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