第十一話 弱いとね、見えてくるものがあるんだなぁ

 一方その頃。シュルーナは馬に跨がり、本状ベルシュタットに向けて、順調に進んでいた。傍らにはシークイズとチャコ。そして、数匹の護衛が同伴している。


「……姫様。リオン殿は、無事に帰ってくるでしょうか」


「おぬしがリオンの心配をするとは珍しいのう」


 少しの沈黙を挟んで、シークイズが続ける。


「此度の相手はマーロック軍。さすがに一筋縄ではいかないかと……」


 魔物同士の戦いは、相性によるものも大きい。とくにデモンブレッドはベースとなる魔物によって、得意、不得意は大いにある。実力だけで勝敗は決まらないだろう。シークイズが辛辣に語るのも頷ける。けど、シュルーナは余裕の笑みで返すのだった。


「安心せい。リオン《あやつ》は、正真正銘我が軍最強の負け戦請負人。必ず生きて戻ってくるのじゃ」


 死なずのリオン。それゆえに、奴はいつも負け戦に駆り出される。けど、死体で戻ってきたことなど、ただの一度もない――。



 シュルーナとリオンは、魔族学校からの仲である。


 魔族学校とは、若いデモンブレッドが、知識や兵法、文化に教養、基礎体力などをつけるための学舎だ。図書館や訓練場、居住区など、教育や生活のための設備が整っている。在校期間は定められておらず、仕官先が決まれば、いつでも卒業することができる。


 シュルーナは、人間でいう16、7歳の外見年齢になった頃、魔王である父の命令で、魔族学校へと入学することになった。リオンも同じタイミングで入学させられる。


 リオンは、魔王グレン・ディストニアが拾ってきた。地図には載らぬ島で、孤独に暮らしていたところを、連れて帰ってきたのである。


 魔王グレンは、彼をシュルーナの『生涯の友』にしようしていた。同じ釜の飯を食い、時には喧嘩し、屈託のない関係を結ばせることで、シュルーナの信頼できる右腕として働いてもらうつもりだった。だからリオンには、シュルーナと仲良くするよう命じた。


 しかし、孤独に生きてきたリオンは、コミュニケーションを取る術を知らなかった。感情の出し方もわからなかった。


 そして、そんな彼を、シュルーナはからかった。疎ましければ適当にあしらい、暇であれば子分のように扱う。実質、リオンを下僕扱い。魔王の命令だからと、リオンも甘んじて受け入れていた。


 強大な魔力と立場を持つシュルーナは、悪い意味で高慢。悪い意味で自由奔放。当時のシュルーナは、決して褒められた性格ではなかった。


 魔王も、特別扱いはしないよう、生徒にも教師にも言い聞かせていたが、誰も手が付けられなかった。歯向かう生徒がいると、決闘レベルの喧嘩を仕掛ける。嫌いな奴は、病院送りレベルの悪戯で粛正する。興味のない授業はボイコットしていた。


 目に余る学校生活。更生の兆しもなく、本人に変わろうとする意思もなかった。リオンに対しての扱いも変わらなかった。


 入学して1年。堪えきれなくなった魔王は、シュルーナの力を封印する。


 魔力と身体能力にリミットが設けられ、外見も幼くなってしまった。いかにシュルーナとはいえ、魔王が相手では分が悪い。どう足掻いても封印を解くことはできず、凡人の仲間入りをしてしまったのである。


 ――生徒たちは復讐の機会を得たと思った。シュルーナにやられたことをやりかえす。決闘レベルの喧嘩をふっかける。笑えない悪戯を仕掛ける。役員や面倒な仕事を押しつける。教師たちも、ここぞとばかりに無理な課題を与えた。


 シュルーナは心まで弱くなってはいなかったゆえに、それらの悪意に対しても屈せずにやり返していた。


 もちろん、つらくないなんてことはなかった。


 自業自得。強い者に従うのは、自然の摂理である。魔物の世界は、それが人間よりも顕著だ。


 ――それがわかっていたからこそ。

 ――自分が強者だからこそ。

 シュルーナは自由に振る舞っていただけだ。


 さぞかし、リオンも愉快であろう。魔王の命令で、強制的に仲良くさせられている身。いや、実際には下僕扱い。シュルーナの無様な姿は、彼の胸をスッとさせたのではないか。


 けど、一ヶ月後。リオンはシュルーナに対して、こう言った。


『おまえがそんなだと面白くない』


 意外な一言であった。彼は、シュルーナを蔑むわけではなく、恨み言を吐くわけでもなく、この現状が気に入らないと吐露するのだ。


「一年。おまえを見てきた。最低な奴だが、見ているぶんには楽しい。おまえがどんな奴になるのか興味がある」


 当時のリオンには娯楽がなかった。魔王軍の一員となることにも興味がない。魔王に言われて、わからぬうちに魔族学校へと入学させられただけである。目的もない彼には『仲良くしろ』という魔王の命令『しか』なかったのだろう。


 彼は毎日のようにシュルーナを見ていた。遠ざけられても、無碍にされても。良くも悪くも、彼の心の中には、ずっとシュルーナの存在があった。自覚のないまま、彼女を家族のように思っていたのだろう。その感情は、言葉にはできないし、彼自身にも理解はできていないのかもしれない。


 ただ、シュルーナが学校で、傲慢なりにも活き活きと過ごす姿は、彼にとっての娯楽だったようだ。将来は六惨将という、さらに大きな仕事を与えられると聞く。そうなった時、彼女は何を成し遂げるのか。世界を相手に、自分を貫き通すのか。


 自分がもっとも仲良くすべきはシュルーナ。人生のパートナーとも言うべき彼女が、面白き未来を閉ざすのは面白くない。敷かれたレールを進んでいるうちに、リオンは好みの景色(みらい)を見つけたようだ。


『つまらん。俺は、面白いおまえが見たい』


『つまらんか? わしは六惨将になる女ぞ? ゆくゆくは魔王にもなるかものう』


『力もない、人望もない。そんなおまえが魔王になれると思えん』


『人望、じゃと……?』


 意外な言葉だとシュルーナは思った。弱肉強食が常の魔物でありながら、リオンは『情』を語っている。シュルーナにはない――否、必要ないと思っていた単語だ。


『面白くないと思うのなら、おぬしが面白くすればよいではないか?』


 試すような言葉を吐いたのは、おそらく初めてリオンに興味を持ったからだろう。


『どうすればいいのかわからん。教えろ』


『ふむ。そうじゃな……。ではまず、わしを侮辱するものを殴れ』


 すると、リオンは翌日から実行した。シュルーナの悪口を言う者、虐めようとするものを片っ端から叩きのめした。殴れと言われたから拳でだ。


 リオンは相当の実力者だったようだ。連日のように、たったひとりで大勢に立ち向かっていく。教師連中もリオンを止めようとしたが、それすらも『シュルーナの命令を邪魔する敵』と認識し、遠慮なく殴り返したのだ。


 事態の収拾が付かなくなり、魔王グレン・ディストニアが学校へと足を運ぶことになる。結果、ふたりは半殺しの憂き目に遭うのであった。


 ――そして、反省のために牢獄へと叩き込まれる。


 地下の冷たい檻の中で、ふたりの馬鹿は、げらげらとおおいに笑った。なぜか、笑いが込み上げてきたのだ。


 理由は、お互い違うと思う。シュルーナは、リオンのような頼もしいバカが、側にいて嬉しかったのだと思う。


 リオンは、ただただ開放感に包まれていたのではないか。デキの悪い妹分のためという大義名分を背負って、大暴れできたことに充実感を覚えていたのかもしれない。受けた仕打ちは酷くても、心は晴れやかだった。


 ――一週間の投獄生活が終わり、ふたりは学校へと復帰する。


 傲慢なのは変わらない。けど、無意味な嫌がらせはやめた。以前までは、暴力と権力でワガママ放題をしていたが、今度は違う。


 まず、シュルーナは全員に謝った。謝罪を受け入れてくれない意地悪な奴には決闘を申し込んだ。戦うのはリオンである。手順を踏むことで『喧嘩』が、生徒たちを巻き込んだ『イベント』となる。勝っても蹂躙するのではなく、いい勝負だったと仲良くする。負けたら特訓だ。リオンを鍛え、再度挑戦するのである。


 喧嘩を通じて、リオンが輪を広げていく。成長していく彼を『面白い奴』だと思う連中が現れる。そんな彼が、なにゆえ性格の悪い姫に従っているのか、世間も興味が出てくる。気がつけば、気さくに話のできる友人が増えていた。


 以前のシュルーナなら、他人など玩具でしかなかった。けど、それらを仲間として見ることができるようになった。


 偏にリオンのおかげだろう。彼の自覚なき忠義が、彼女の人生を変えたのだ。力での支配だけではなく、人の和を成すことでも支配はできると。


 力を封印された時、シュルーナに忌々しい気持ちがあったのは事実だ。だが、得る物もあった。もし、あのまま過ごしていたら、今のシュルーナはいなかっただろう。


 そして、リオンという最強にして最高の相棒を得ることもなかったに違いない――。


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