第二十話 追い詰められた氷の女王様
数日後。僕たちはベルシュタット城を出発。リーデンヘル地方、リーデンヘル城へと部隊を進める。
リーデンヘル城は、広大な平原に聳え立つ城郭都市である。分厚い城壁は魔法で強化されており、本来の堅さを遙かに上回る堅牢さを誇っている。
到着次第、城から離れたところに本陣を敷いた。もちろん、目下継続中の包囲を緩めることはない。
「ヒュレイよ。よくぞ、包囲を崩さずにいてくれた。御苦労であった」
シュルーナ様の前に跪くのは、黒髪の綺麗な女性。大人びた色気の漂うお姉さんだ。胸元のざっくりあいた衣装に、スリットの大きいスカートが下半身を覆っている。衣装は完全に黒。実にミステリアス。
「本来であれば、落城させておきたかったところ。姫様にリーデンヘルを献上できなかったのは、このヒュレイ・ロットチーニ、無念の極みでございますわ」
「よい。相手は、五英傑のひとりフロラインじゃ。一筋縄ではいかぬ」
「だが、それも終わりだろ? 俺たちがきたんだ。――早速、フロラインとの決着を付けてきていいか?」
勇むリオンさん。この人だったら、本当に終わらせかねないかも。
「待て待て。おぬし、フロラインに何度も負けておるじゃろうが」
「はあ? 俺がいつ負けたんだ? 引き分けてるだけだろうが!」
「まあまあ」と、チャコさんがなだめる。
「しかし、姫様。お望みとあらば、今すぐにでも総攻撃を開始いたしますが? わたくしめとリオンならば、必ずやリーデンヘルは落とせましょう」
シュルーナ軍18500。
リーデンヘル軍12000。
数の上では勝ってはいるが、攻城戦というのは非常に難しい。もちろん、魔物ゆえに人間のそれよりも楽なのだが、強行すれば犠牲者は計り知れないだろう。
兵の数は12000だが、おそらく城郭都市の中には、その10倍近い民がいる。その日の糧をなんとかするだけでも精一杯なはず。消耗させてから、一気に終わらせたい。
「……焦らずとも良い。被害は最小限にして終わらせたい。それに、マーロックが攻めてくるのは、まだ先じゃ。マリルクもベルシュタットで食い止めてくれるしの。――それに、わしが到着したことで、フロラインも何か動きを見せてくるやもしれぬ」
僕もそう思った。総大将であるシュルーナ様が姿を見せたことで、敵は玉砕覚悟で出陣してくる可能性がある。
「ミゲルよ。おぬしはどう思う?」
みんなの視線が僕へと向けられる。
「あらあら、姫様に意見を求められるなんて、頼りにされているのね」
うふふ、と、親しげな微笑みをくださるヒュレイ様。
「あ、どうも……ミゲルです」
「初めましてヒュレイよ。――かわいい軍師様ね」
まだ、軍師じゃないです。
「うむ。わしのお気に入りじゃ。――して、ミゲル。おぬしの考えを聞かせよ」
「は……。先ほど、城壁の兵の様子を見ましたが、顔はやつれ、疲労も隠せない様子。明らかに消耗しております。日増しに衰えているのは間違いないかと。ならば、シュルーナ様のおっしゃるように、様子を見るのは上策ともいえます。ただし、敵も必死。姫様の首を狙って、玉砕覚悟の一手を仕掛けてくるかもしれません。本陣正面にリオンさんの部隊を配置し、備えておくのがいいかと」
「え? なに? 俺、おまえの指示で動くの?」
「あ……いいいい、いえ! ごごごごめんなさい! そそそ、そうですよね!」
調子に乗りすぎた! リオンさんが優しすぎるから忘れていたけど、そもそもこの人はイーヴァルディアの英雄じゃないか! 筆頭家臣じゃないか!
「冗談だ。――おい、ヒュレイ。こいつはなかなかやるぜ? 言っとくが、俺の弟分だ。いじめたら、ただじゃおかないからな」
「こんなかわいい軍師様、いじめたりなんかしないわよ」
評価してくれるのは嬉しいけど、僕、数日前まで野良犬だったんですよ。わん。
「ま、ミゲルの意見は、概ねわしと一緒じゃな。よし、まずは様子を見る。――しかし、リオン。おぬしは、城の南門に配置する。良いな?」
「はあ? 南門って……ここからもっとも遠いじゃねえか。何かあっても助けに来られねえぞ?」
僕たちは、リーデンヘル城の北門を睨んでいる。南門は、まるっきり反対側だ。けど、姫様のことだから、何かお考えがあるのだろう。
「ミゲルよ。おぬしは頭が切れる。じゃが、経験が足らぬ。わしらの戦を見て学ぶが良いぞ」
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