第十九話 最強の兵法
その日。仕事が終わると、僕はマリルク先輩と食事をすることになった。場所は執務室だ。部下に言って、食事を運ばせてくれた。
焼きたてのパンにサラダ。バターの香りがするステーキはシンプルに塩こしょうの味付け。見ているだけで涎が出てくる。
「ミゲル後輩、仕事はどうだった? 」
「楽しいです!」
大変だったけど楽しい。大恩あるシュルーナ様や仲間のために働けるなんて、なんだかとても充実した一日だった。手伝ってくれた魔物たちも、賃金をもらって喜んでくれた。
リオンさんも『俺の部下に仕事させてくれてありがとな』と、言っていた。これはたぶん、リオンさんの気遣いだろう。本当は僕が仕事をしやすいように、計らってくれたのだ。そんな気遣いやも嬉しかった。
マリルク先輩が、僕のグラスに赤いワインを注いでくれる。
「物資の管理は内政の基本だ。リーデンヘル攻略では、きみとチャコがやることになる。できるようになってもらわないとね」
そうか。リーデンヘルにマリルク先輩はこないんだった。シュルーナ様やリオンさんが戦に集中するためにも、僕がお役に立たないと。
「リーデンヘルは落城寸前なんですよね?」
「策が功を奏し、城内の食料はほぼほぼ尽きている」
「策ですか?」
「ああ、姫様の配下に、ヒュレイという優秀な女性(デモンブレッド)がいてね。彼女が上手くやってくれた」
当時、リーデンヘルに広がる数多の町や村を襲撃したのだが、ヒュレイ様という方は、人間の犠牲者を極力抑えたそうだ。
町を追われた人々は、安全な場所を求めて、首都リーデンヘル城へと向かう。城郭都市であるリーデンヘルは人間で溢れ、食料の消費が一気に跳ね上がった。
もちろん、女王フロラインも黙っているわけではなかったのだが、彼女が出撃する度、リオンさんが食い止めていたらしい。リオンさんも殺す気で戦ったようだが、幾度となく引き分けを繰り返している。
「だが……おそらくだけど、リーデンヘル攻略は『思った以上』に荒れる」
「荒れる? どういうことですか? シュルーナ様たちも、そう思われているのですか?」
「いや、僕の見立てだよ。――いいかい、ミゲル後輩?」
僕は、ゴクリと唾を飲んで「はい」と、言った。気がつけば、料理を食べる手が止まっていた。
「すべてには意味がある」
「意味……?」
「マーロックが奇襲を仕掛けてきたことも、フロラインが籠城したまま動かないことも、僕が留守番を任されたことも、すべては意味があってのことだ」
そんなの当たり前のことだろうと思った。けど、マリルク先輩の言っていることは、なんだか重く感じられた。
「これから起こることも、すべて意味がある。偶然なんてありはしない。自分に都合のいい奇跡なんて起こりはしない。なにもかもが人為的に引き起こされているんだ」
「人為的……」
「それを考え、読み取ることが、僕たち文官の仕事だよ。――リーデンヘルでは、おそらくミゲル後輩が軍師を務めることになる」
「え? ええええっ!? ぼ、僕が軍師ですか? そそそ、そんなっ、ありえませんよ!」
マリルク先輩は、クスッと笑った。
「はは、冗談だよ。いかに姫様でも、ミゲル後輩を軍師に据えるなんてことはしない。僕が言いたいのは、軍師でなくても、軍師としての『役目』を果たすことなるってことなんだ」
「役目、ですか?」
「姫様から聞いたよ。砦から撤退したのは、ミゲル後輩の進言だったと」
「あれは……おそらく、シュルーナ様も同じお考えだっただけです」
「リオンも言っていた。彼が不在の間、口八丁でデッドリッターをまとめて、敵の侵攻を食い止めてくれたってね」
「……必死だったからです」
マリルク様が、微笑ましく僕を見つめる。
「謙遜しなくていい。姫様が、きみの意見を聞きたがっているのは間違いない。リーデンヘル攻略では、気づいたことや思ったことを素直に進言するといい。それが間違っていたら、採用されないだけ。採用されて、窮地に陥ったとしても、それは姫様の判断ミスだ。責任を感じることはない」
「意見を、聞きたがっている……」
それが、リーデンヘルでの僕の役目だろうか。それで、お役に立てるのだろうか。
「悩める後輩に、先輩がアドバイスしてあげよう。――僕は、絶対に裏切らない」
――うん? それは信じてもいいのだろうか?真っ先に逃げ出そうとしていた人だぞ。っていうか、なんの告白だ? なんのアドバイスだ?
「僕は臆病だ。戦争なんて大嫌いだし、常に逃げ出したいと思っている。……けど、姫様が世界を支配することを心から願っているんだ」
「家臣なんだから、当たり前のことなんじゃないですか?」
「そう、当たり前だね。けど、この言葉を信じることができれば、この先の戦をミゲル後輩が変えることができるかもね――」
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