第十八話 僕の瞳からは逃れられない

 三日後の出発までは内政だ。


 本来なら、雑用係として荷物運びや料理の支度、物見や見張りなどをするはずだったのだけど、シュルーナ様が『将』として扱ってくれたので、いっぱい仕事がある。


 寝泊まりは、専用の部屋を与えられたので、そこを使うことにした。家を買うのもアリだけど、リーデンヘルへの遠征もあるし、しばらくは必要ないと思った。


 そんなわけで、僕は内政をがんばることになる。仕事を教えてくれるのは、マリルク様だ。

 

「マリルク様、本日からよろしくお願いします」


「よくきたね、ミゲル。デスクは運ばせておいたよ」


 マリルク様の執務室が僕の職場だ。デスクをL字に配置して、一緒に仕事をする。


「後輩ができて嬉しいよ。僕のことはマリルクでいい。敬語も結構。僕も苦手だしね」


「そういうわけにはいきません。いくらなんでも、僕が困ります」


「そうかい? じゃあ、せめて様は付けないでもらえるかな?」


「……じゃあ、マリルク先輩とお呼びしてもいいですか?」


「先輩か、悪くないね」


 嬉しそうなマリルク先輩。


 昨日の彼女は、半泣きのまま狼狽するばかりだったけど、これでも六賢魔のひとりなのだ。仕事を教えてもらえるなんて光栄だ。


 ただ、部屋の隅にある巨大なリュックは、逃走用ではないかと思う。隙あらば、城から脱出するのではないか。絶対に逃がさないわん。


「じゃあ、ミゲル後輩には陳情内容の手配をお願いしようかな」


「陳情……ですか?」


 武器、防具、食料、傷薬、魔法道具、馬、日用品、衛生用品、人事、戦略、配属替えなど、常日頃から各部隊が必要な物を要求してくる。

 

 例えば『リオン隊、鋼の剣50本』などと書かれている。陳情書ひとつにつき、要求はひとつ。認可の場合は判子が押される。そして陳情内容を手配するのだ。


 先程の鋼の剣50本なら、商人をやっているデモンブレッドから購入するか、城の在庫を確認して、要求している部隊に運ぶのである。


 認可された書類に目を通してみる。痛み止め100個か。シークイズ様の部隊が欲しがっているらしい。


 これはチャコさんかな。じゃがいもを150kg。ニンジンを120kg。タマネギ200kg。ブロッコリー1t。どうやら、近々カレーを作るみたいだ。シチューかな? こういうのも、僕たちの仕事なんだなぁ。


「じゃあ、これを倉庫から運べばいいわけですね」


「うん。けど、ミゲルが直接運んじゃいけないよ。僕たちは指示する立場だからね。暇な魔物にお金を払って、働いてもらうんだ」


 そう言って、マリルク様は貨幣の入った袋を渡してきた。


 城の中にいる魔物は、基本的に頭がいいらしい。しゃべれないけど、僕たちの言葉はわかるので、交渉することができるのだ。


 僕は、倉庫へと向かうことにした。向かう途中で、誰か手伝ってくれそうな魔物を探そう。


 廊下を歩いていると、向こう側から知った顔が歩いてきた。ジュラフェリスさんだ。リオンさんが頼りにしている部下。二足歩行のドラゴンゾンビである。


「ジュラフェリスさん! 先日はお世話になりました!」


「グル!」


 ジュラフェリスさんが足を止める。あれ、僕に用があるのかな?


 すると、ジュラフェリスさんの背後から、数体のデュラハンがぬらりと姿を見せる。そして、規則正しく、僕の前へと並んだ。


「え? ん? もしかして仕事が欲しいんですか?」


 ジュラフェリスさんがコクコクと頷いていた。続いて、デュラハンのひとりが上を指差す。


「天井? 上……の……あ! もしかして、リオンさんに言われたんですか?」


 デュラハンが、コクリと頷いた。


 リオンさんが、気を遣って労働力を回してくれたようだ。ありがたい。初めての仕事だったけど、これでスムーズに行うことができる。


「じゃあ、僕と一緒に倉庫へ行きましょう。――あ、そうだ。ジュラフェリスさんは、マリルク先輩が逃げないよう、見張っておいてくれますか?」



 要求された品物を、デュラハンの方々に運んでもらっている間に、僕は倉庫にない物資の手配をする。武器の購入は、フロッギアさんという行商人の人に注文すると、後日運んできてくれるそうだ。


 こうして、文官としての仕事を終えた僕は、マリルク先輩の執務室に戻る。

 扉の前にジュラフェリスさんがいたので、賃金を渡してお礼を言う。


「ただいま戻りました」


「おかえり、ミゲル後輩」


 涼しげに迎え入れてくれるマリルク先輩。だが、綺麗なはずのローブがボロボロだった。


「……なにかあったんですか?」


「リオンの奴が、ジュラフェリスを見張りに置いたんだ。あいつ、僕が逃げると勘違いしたのか、トイレに行こうとしただけで、追いかけてくる。まったく、いい迷惑だよ」


 リオンさんじゃなくて、僕がお願いしたんだけどね。黙っておこう。たぶん、本当に逃げようとしてたし。窓ガラスが割れてるし、逃走用のリュックもボロボロだし。



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