第十五話 絶景かな絶計かな

 バルクーダ砦の城壁。漆黒の包帯を頭に巻き、白い髪をまばらに飛び出させている女性が一人。森を眺め、マーロック軍の軍師キルファはヘラヘラと笑う。


「いやあ、絶景かな絶計かな。一夜で砦一個は、まあまあ上出来っすよねぇ」


 天をも焦がす蒼炎は、夜明け前の鬱蒼とした森を煌びやかに照らしている。占領した砦から見渡す景色は、実に美しくあり、気分のいいものであった。


「んで、情報も手に入れた」


 あの炎は、おそらくリオンのものだろう。シュルーナ軍が殿をさせるとしたら、ほぼほぼ彼である。不死身。そして再生不可の炎。ベースとなる魔物を想像することは難しくない。リオンの正体は不死蝶ヘルギアファーレ。その希少種か。


「イシュヘルトの旦那がやられたのは、ちょっぴり誤算っすけど」


 イシュヘルトの命と引き換えに、砦とリオンの情報……見合うかといったら難しいところだが……まあ、もうひとつ収穫がある――。


「姫様の軍に、ちょいと厄介な奴が仕官したようっすねえ……」


 この奇襲を見抜かれていたのは、キルファにとって完全に予想外だった。此度の奇襲は、マーロック軍の進軍速度から考えれば、絶対にあり得ないタイミング。キルファにとっても、かなり無茶をしたプラン。


 ――それを読み切った奴がいる。


 シュルーナ軍には、六賢魔のマリルクがいる。六賢魔は、六惨将を補佐する頭脳集団。魔物の中でも選りすぐりの軍師である。絶景のキルファもそのひとりだ。


 シュルーナのブレインである『蜃気楼のマリルク』ならば、これぐらいの撤退戦はやってみせるだろうが――。


「いや、臆病者のマリルクだったら、そもそもこの砦にこないっすね……」


 ならば、読み切ったのではない。どこかで気づいたのだ。


 森の中での移動ゆえに、空からは見えない。斥候に見られていたか? いや、例え斥候がいたとしても、報告に戻るよりも早く奇襲部隊は進軍していた。


 耳のいい奴がいたか? シュルーナの部下に、チャコという崖飛びウサギがいる。崖飛び兎は耳がいい。しかし『音』では、魔物の群れと聞き間違えてもおかしくない。


 砦の中はもぬけの殻だ。確信を持って、シュルーナたちは撤退をしている。


「だとしたら『目』っすね。うちらの奇襲部隊が見えてた……あるいは予言したか……」


 予言のできる魔物はかなりレア。ならば目のいい魔物……この地域だとシャーマンウルフか。そのデモンブレッドを仲間に引き入れたと考えるのが妥当。――これだけの情報で、絶計のキルファは、その答えまでたどり着く。


「おそらく新参者。見た情報を、姫様に信頼させる辺り、かなり頭の切れる奴っすね。――まさか、六賢魔たる自分の策を絶たれるとは思わなかったっす」


 敵の策を絶つがゆえに絶計のキルファ。そのキルファの策が絶たれるとは、皮肉なモノである。


「知略合戦なら、負けないっすよ。……さて、マリルクのクソ雑魚と、どっちが楽しませてくれるっすかねぇ?」


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