第三十三話 奴は、そう言った
シークイズ軍と交戦したマーロック軍は、そのまま南下を続けた。
シークイズの配下は完全に戦意を失っていた。囚われるわけでもなく、ただただ道を同じにする。拒めば、殺されるだろうと直感的にわかっていたのである。
殺しあった両軍が、仲良く進軍。組み込まれたわけでもなく、依然としていがみあう関係でありながら、それらが並んでリーデンヘルへと足を踏み入れたのである。
マーロックは到着すると、シュルーナの本陣から離れた東の平原に拠点を構えた。そして、あろう事か、彼はシークイズとその配下を連れ、護衛も付けずシュルーナを訪ねたのである――。
☆
本来であれば、マーロックの南下に合わせて、応戦するべきだったのだろう。だが、予想外にもほどがあった。予定よりも遙かに早い到着。しかも、ベルシュタットを抜けてきているのである。
丁寧に訪問するマーロックを、シュルーナは本陣で迎え入れた。本来であれば、すぐにでもリオンに殺させたいところであったが、さすがにそれは無作法にもほどがあるとシュルーナは思った。いかに敵とはいえ、シークイズと兵を生きたまま返してくれた借りができた。ここで暗殺などすれば末代までの恥である。
「――こうやって会うのは久しぶりじゃな。マーロック・ジェルミノワよ」
簡易玉座に座って迎えるシュルーナ。リオンと親衛隊を配して、シュルーナは宿敵と対面することになった。彼女の眼前で、マーロックは跪いて見せる。
「……姫様。お元気でしたか」
「よくもまあ、ここまでこれたものじゃ。シークイズを見るに、ベルシュタットは落ちたようじゃな。マリルクはどうした?」
「いえ、ベルシュタットは手付かずでございます」
「手付かず……じゃと?」
マーロックが、いかにしてここへたどり着いたのかを知らされるシュルーナ。
「……なるほどな。変人揃いの六惨将じゃが、相変わらずおぬしの考えは読めんのう。――とりあえず、家臣を無事に返してくれたことには礼を言っておくか」
「悲しむ姫様を見たくありませぬゆえ」
奥歯を噛むシュルーナ。これはマーロックに対してではなく、マリルクに対してである。状況だけ見れば、ベルシュタットを守るという目的は成しているが、さすがに納得できなかった。しかも、シークイズを犠牲にしている。マーロックの心ひとつで、彼女は死んでいたかもしれないのだ。
「マーロックよ、おぬしの目的はなんじゃ?」
「姫様を守りに参りました」
「ふざけておるのなら、この場でおぬしの首を刎ねるぞ」
「そこにいるリオンが、ですかな? 彼では役者不足でしょう。それに、姫様のお力も、今尚封印されておられるのでは?」
「ふん。封印されたとて、おぬしを始末するぐらいわけないぞ?」
ハッタリではあったが、王として面目すら保てぬほど日和ってはいなかった。ほのかに魔力を解放して見せるシュルーナ。
「く……ふ……は、はは、ははははははッ! やはり、やはり! 封印は解けておりませんでしたか。は、ははははッ!」
「ふん。そんなに愉快か?」
「愉快でございます! やはり、思ったとおり! くふっ……ふふ。あ、ああいや、これは失礼。ふふ、解けてませんでしたか。ふ、そ、それなら――」
嬉しさを抑えきれないといった笑みを浮かべるマーロック。
「良い。良い良い……くくっ。さて、ああ、そうでしたな。目的の話でしたな」
「もったいぶらずに、さっさと申せ」
「――姫様には、マーロックめのもとで暮らしていただきとうございます」
「どういう意味じゃ?」
「姫様には、天下統一など到底不可能。このままでは、他の六惨将に殺されてしまうでしょう。ゆえに、このマーロックが姫様に代わって、世界を掌握してご覧に入れます」
「ほう? そうして統一した世界を、そっくりそのままわしにくれるのじゃな?」
「いえ、姫様には、普通の姫として、普通に生活していただきます。綺麗な服を着て、美味しいものを食べ、友人と遊び、恋をし、何不自由ない毎日を送ってもらいます」
「退屈すぎて反吐が出そうじゃ。むしろ、おぬしがわしの下につくがよかろう。刺激的な毎日を送らせてやるぞ?」
「姫様は、マーロックめの『下』でございます。姫様は、人間がお好きでしょう? それは許されませぬ。人間は根絶やしにせねばなりませぬ」
「それは、父上への忠誠ゆえか? ならば――」
「――いえ、自分のためでございます」
己が欲望のために戦う。だが、魔王への義理を果たすため、せめてその娘ぐらいは引き取ってやろうという気持ちなのだろう。大きなお世話だとシュルーナは思った。
「生憎と、わしは誰の下にもつかぬ。魔王の椅子はわしがもらう。邪魔をするのなら、討ち滅ぼすのみなのじゃ」
「勝てますかな?」
「おぬしこそ、勝てると思うておるのか? 明らかに、我が軍の数が勝っておるぞ?」
「戦は数ではございませぬ。――魔王様がお亡くなりになったあと、わたしは自分のために生きると兵に告げました。兵は玩具、世界は遊び場。ついてくるのなら、命懸けゆえ、覚悟なき者は去れと言いました。50000の兵は10000に。しかし、それで十分なのです」
数は減ったが、それらは絶対に裏切らない精鋭ばかり。彼にとって、それで十分。むしろ、そういう兵のみが必要だったと言いたいのだろう。
「わしに刃向かう気か、マーロック・ジェルミノワ」
「従ってもらえぬのなら、そうなりますな。まあ、気が変わったのであれば、いつでもお声をおかけください。すぐに、このマーロックが、姫様の幸せを用意してご覧に見せます。ただし、邪魔をするのであれば、お仕置きをさせてもらいますゆえ――」
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