第七話 尻からブロッコリー

 見晴らしのいい砦の上。早速、みんなを集めてこれからの策を練る。


「うひょはー。ミゲルくんの言っていることが本当なら、これ以上ない激しい夜這いということでありますねぇ!」


「はいはい、チャコさん。お水飲んで、酔いを覚ましてくださいね」


 僕は瓶から水をくんで、みんなにひたすら飲ませる。


「なんで、シークイズはメイド服着てるんだ? なんで、俺の尻にはブロッコリーが刺さってるんだ。ズボン貫通してるし」


 リオン様は、そこそこ酔いは覚めてきているようだ。


「うひひひひ、筆頭家臣殿は、そういう趣味があったでありますか! これはこれは、明日からは毎日ブロッコリーを用意しなければ! うひひひひ」


 水、足りてねえや。この兎。


「ミゲルこそ家臣の鏡! 我々が鍋を楽しんでいる最中にも、物見としての役目を果たし、しかと姫様に危機を伝えなさるとは!」


 シークイズ様が号泣していらっしゃる。たぶん、誰一人として酔った時のことを覚えている人はいないんだろうなぁ。


「ミゲル、遠慮はいらん。水をぶっかけるのじゃ」


「はい」と、僕はかめを持ち上げる。遠心力を使い、中の水を三人めがけてびしゃあとぶっかける。そんなわけで、ようやくそこそこ会話できるようになった三人。


「――と、いうわけじゃ。マーロックの先兵が、夜明けを待たずして攻めてくるじゃろう。ゆえに、この砦を放棄して、ベルシュタットに急ぎ帰還する」


「マジか……」


 信じられない、といった表情を見せるリオン様。


「しかし、姫様。――このミゲルの言っていることが、果たして本当かどうか」


 シークイズ様が僕を憮然とした態度で見つめる。そりゃそうだ。新参の言うことなど、信用には足るまい。だが、姫様が毅然と反論してくれた。


「これはもはや理屈ではない。城を包囲されたら身動きができなくなる。否、この数では守り切れるかも怪しい。時は一刻を争うのじゃ」


「しかし、こやつがマーロックの手先――」


「口を慎め、シークイズ。ミゲルはわしの家臣じゃ。わしが信じると決めたのじゃ」


 シークイズ様も悪いお人ではない。ただ、姫様を思うあまり、あえて慎重な提言をしているだけなのだ。酔った時の、あの人を褒めずにはいられない性格こそ、本当の彼女だと思っている。


「……姫様が、そうおっしゃるのであれば、もはや何も言いませぬ」


「おぬしの気遣いには感謝する。じゃが、いまは議論をしている暇がない。わしの采配に従ってもらうぞ」


「はっ」


「撤退ってなると、殿しんがりが必要だ。――俺の出番だな」


 リオン様が、拳と掌をぶつけて、気合いを入れる。


「うむ。リオンは殿を頼む。シークイズとチャコはわしについてくるのじゃ」


「このシークイズ、命に代えましても、姫様をお守りいたします」


「自分は、非戦闘員でありますからね」


「そして、ミゲルよ!」


 僕は「はい!」と、元気よく返事をする。


「――おぬしもリオンと共に殿を務めよ」


「へ?」と、僕が言った。同じタイミングで、リオン様も「は?」と、言った。


 殿(しんがり)というのは、本隊が逃げ切るまでの時間を稼ぐ役目である。わずかな手勢で敵を食い止める危険な任務だ。生きて帰れる保証はない。


「冗談じゃねえ! 俺の部隊は、不死者の部隊だ。死なねえから遠慮なく戦えるんだよ! その中にシャーマンウルフを混ぜてみろ、専売特許が消えてなくなる! 戦だぞ! 遊びでやってんじゃねえんだよ!」


「わしも酔狂で言うてはおらん」


「……おまえの考えてることはわかる。ミゲルに経験を積ませてぇんだろ。だが、死んだら元も子もねえ。デビュー戦は別の機会にしろ」


「わしはミゲルを足手纏いと思うてはおらん。こやつは頭が回る。雑用係にはもったいない。きっとリオンの役に立つ。――のう、ミゲルよ?」


「え……?」


 迷い。というか恐怖はある。けど、姫様は僕に期待してくださっているのだ。ならば、臆病風に吹かれている場合じゃないと思った。


「は……ははぁっ! こここ、このミゲル、必ずや御役目を務めてご覧に入れます!」


「おまえがよくても、俺が嫌だって言ってんだよ! 死んだらどうする!」


「わしはできぬことは言わん。シュルーナ・ディストニアが命令しておるのじゃ。いかに昔馴染みのおぬしでも、拒否することは許さぬ」


「ぬ……ぐ……!」


「ミゲル、おぬしにはこれを授ける」


 シュルーナは合掌する。魔力を込めると白い稲光が迸った。ゆっくりと掌を開くと、餅のように光が伸びていく。そして、徐々に刃が現れるのだ。


 ――物質の召喚? これが姫様の御力だろうか?


 やがて柄の部分も構築されていった。弾けるように光が霧散すると、姫様の手には、立派な短剣が握られていた。


「これは……」


「わしの能力は創造じゃ。頭で思い描いたことを具現化できる。能力が封印されていても、これぐらいの剣なら用意してやれるでの。家臣の証として受け取るが良い」


「ははっ!」


「さあ、皆の者。時間はないぞ。すぐに出立の準備じゃ!」


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