第十三話 特S級危険種

 シュルーナの背後が、明るくなった気がした。振り返ると、森から極太の蒼い火柱が上っていた。シュルーナは思わず足を止め、遠くに見えるそれを眺める。随伴するシークイズがつぶやいた。


「……あれは……リオン殿の炎……」


「……どうやら苦戦しておるようじゃの」


 リオン・ファーレは、よっぽど追い詰められたときしか真の能力を使わない。彼の能力は凄まじく、巻き込まれたらひとたまりもない。特に不死者(アンデッド)にとっては、恐るべきものである。


 配下の精鋭は、リオンの強さと人柄に惚れて従っている。だが、同時に彼の能力に恐怖している。だから裏切らない。だから従っている。彼らにとって、もっとも敵に回したくない存在。それがリオン・ファーレというデモンブレッドである。


         ☆


 蒼き粒子が舞った。ほんの一瞬。イシュヘルトが、それに気を取られた瞬間の出来事であった。


「あ……あぁああぁぁぁあぁぁぁッ!」


 リオンが、蒼炎を纏いながら爆発したのだ。威力は凄まじく、イシュヘルトの右腕の肘までが完全に消し飛んでしまった。


「じ、自爆ッ? そ、そんなッ! な、何がッ?」


 痛みに苦悩している場合ではない。リオンは何処へ行ったと見回しながら、燃え尽きた右腕を再生せんと試みる。――だが――。


「な、なぜッ? なぜ、腕が再生しないッ?」


 ちり、と、頬に熱があてられる。


「――俺の炎は生を焼き尽くす。俺に殺せねえ生物はいねえよ」


 声の方を振り返るイシュヘルト。すると、肩の上にリオンが腰掛けていた。彼の背中からは、蒼き炎の翼が伸びていた。まるで、蝶のようであった。


「そ、その姿は……」


「死の島……バーンクレスト島にのみ生息する幻の蝶。見た奴は死ぬと言われている」


 ――不死蝶ヘルギアファーレ


 人間の危険度評価はS級。そもそも、島への調査団の戻ってきた例がない。存在するという噂だけが飛び交っている幻の蝶。


 バーンクレスト島は、火山が頻繁に噴火を繰り返している。空には雷雲。常に稲妻が降り注ぐ。生息するのは、絶望的な環境を受け入れられる屈強な魔物。その、生態系のピラミッドの頂点に立つのが不死蝶だ。


「見た目は、普通の蝶なんだがな。自分を守るためや、狩りをする時に、羽を炎へと変える。結構、凶悪なんだぜ?」


 獲物を見つけると、発火性のある鱗粉を撒き散らす。そして、羽を炎へと変え、粉塵爆破を引き起こすのだ。そうやって爆発四散した獲物の灰や死肉を食らう。


「もちろん、不死蝶自身も無事では済まない。だが、例え灰になっても俺たちは甦る。思念さえ残っていれば、システム的に復活するんだよ」


「そ、それはもはや奇跡じゃないか! そんな生物の存在が許されるわけ――」


「そう、絶対に死なない奇跡の生物。しかも肉食。そんなのが繁殖し続けたら、島の生態系はどうなると思う?」


「知るか!」


「当然、維持できるわけがねえ。不死身ゆえに増え続けちまう。餌がなくなっちまうんだ。だから、絶対数をコントロールするため、群れには『ボス』が存在するんだ。見分け方は簡単。普通、不死蝶ってのは羽が紅いんだが……ボスだけは羽が蒼い」


「蒼い……? そ、それじゃあ、おまえは……」


 彼の背から伸びるは蒼き炎。リオンは、危険度S級の魔物デモンブレッド。いや、それの遙か上に位置づけられるであろう希少種だというのか――!


「ボスの炎は『生』を焼く。例え不死蝶でも甦ることはできない。俺の炎には、呪いか、あるいは毒みたいなのが宿ってんだろうな。……ま、そうやって数を調節し、生態系を維持してきた。――けど、そのボスは皮肉にもデモンブレッドだった」


 ある日、魔王が島へとやってきた。使える配下を探しに来たのだろう。そこで、リオンはスカウトされたらしい。拒むリオンであったが、魔王の圧倒的な強さに屈してしまう。気絶させられたリオンは、むりやり船へと乗せられ、連れてこられたのだ。


「魔王グレンは、いかに俺がもったいない環境にいるかを語った。世界に出れば、もっと面白いことができる。あの島にいたら無味無臭の毎日しかないんだとさ。――ま、それはいいとして、問題なのはバーンクレスト島だ」


 絶対数を加減するボスを失った蝶は、本能のままに活動を始める。島のありとあらゆる生物を食らった。食い尽くせば、共食いを始めた。死ぬことのない蝶は数を減らせない。仲間を食らった栄養で繁殖する。やがて、島は不死蝶で溢れかえった。


 蝶は塔のような塊となって、島へと聳えるようになる。人間であろうが、魔物であろうが、島に近づけば、数多の不死蝶に貪られる。共食いは飢えた生物の最終手段である。ならばと他の生物を優先的に襲うのは自然の摂理だった。


「蝶ってのは、花の蜜を吸うイメージがあるけどよ。肉を食うのも珍しくねえ。森の中を歩いてっと、動物の死骸なんかに群がってるのを見たことあるだろ?」


 バーンクレスト島は、たった一種の蝶によって支配された。幻の蝶と呼ばれる所以は、島に近寄る術がないから。存在を確認しようとすれば死ぬから。


「見たら死ぬ。それが、不死蝶ヘルギアファーレだ。――で、おまえも、俺の姿を見たよな」


「そ、それがどうした! ……はッ?」


 きょろきょろと辺りを見回すイシュヘルト。周囲には、蒼い鱗粉が粉雪のように舞い散っていた。四方八方。イシュヘルトの巨体を包み込むように。


「あ…………ああぁぁあぁぁッ!」


 イシュヘルトは、両腕をぶんぶんと振り回し、鱗粉を吹き飛ばそうとする。


「察したようだな。不死蝶の鱗粉は発火生がある。さて、この距離だと、俺も焼かれちまうわけだが、不死身自慢はどっちかな?」


「お、おまえも消えて――」


「俺は自分の炎に耐性があるんだよ。ちゃんと復活できる。群れのボスが、絶対数調整がいちゅうくじょの度に死んでたら、数のコントロールなんてできねえだろ。――ああ、そうだ。冥土の土産に、俺が死ぬ方法を教えてやろう」


「な、なんだッ?」


 藁にも縋る思いだった。敵に教えを請うなど、情けないことこの上ない。けど、光明はないかと、思わず耳を傾けてしまった。


「寿命」


「は……?」


「群れのボスはどうやっても死ぬことはない。けど、寿命が来ると消えてなくなる。そして、新しいボスが生まれるんだ」


 リオンの指先が青白く光った。瞬間、凄まじい爆発が巻き起こる。それは、大気を侵食するかのように周囲一帯の森を飲み込んだ。


 イシュヘルトの巨大な筋肉が崩壊を始める。二度と再生することのない、完全なる死へと向かった。


 イーヴァルディアの森。

 巨大な蒼き火柱が、天へと昇華する。



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