第十四話 危うく全裸帰還

「あー、くそっ……。思いのほか手こずっちまったな」


 焦土と化した大地の中心で、リオンは胡座をかいていた。


 服装は元どおり。繊維には自分の髪を使ってある。この服を思いつくまでは、全裸での帰還をしたこともしばしば。


「強かったな……」


 自分が相手でよかったとリオンは思った。マーロックが、これほどの実力者を従えていたとは予想外だ。シュルーナやシークイズでは、もっと苦戦していただろう。


「……さて、ミゲルたちが心配だ。急がねえと――」


 リオンは、来た道を引き返す。森を抜け、街道へと出た。合戦の声が漂ってくる。終わってはいないようだ。


「この先にいるはず。死んでんじゃねえぞ……」


 合流するリオン。すると、思いがけない光景が広がっていた。


「……嘘だろ」


 ――戦は続いていた。ミゲルに関しては、最悪のケースだって覚悟していた。けど、そこには敵を包囲する仲間の姿があったのだ。


「ミゲルが……やったのか……」


 呆然と眺めるリオン。見事なまでに円をなし、敵を中央へと追い込んでいる。混戦の中、負傷しながらも部下たちをまとめ、これだけの戦術を成立させたというのか。数の不利はあれど、陣形によって被害を最小限に食い止めている。


「リオン様! 無事でしたか!」


 ジュラフェリスの背に乗って現れるミゲル。


「グルルルルオオオォオオォォオォオ!」


 ジュラフェリスが吠えた。兵士たちの注意がこちらへと向いた。リオンの姿を見て、部下たちは吠え称えた。おらが大将が戻ってきたぞと言わんばかりに。そして、敵兵はというと、激しく浮き足立っていた。リオン隊が一気に盛り返す。


「ミゲル。これはいったいどういうことだ」


「いえ、その……みなさんが、がんばってくれて……」


 がんばってなんとかなる状況ではない。シュルーナかリオン並の統率能力がなければ、いかに精鋭といえど、ここまで綺麗に動きはすまいとリオンは思った。


「あ、あの、敵の指揮官は――」


「説明しろ。どうやったんだ」


 報告すべきコトを捨て置き、リオンは尋ねた。


「え、ええと……リオン様の配下の方に、ちょっと提案をしてみたんです」


 ミゲルを中心に、円形状の布陣をする。幾重にも幾重にも、バームクーヘンのように。すると、最初は包囲される形となる。


 まず、一番外側の円を担っている兵が倒れる。敵はさらに責め立て、二番目に控えていた兵たちに襲いかかる。それらがやられると三番目の円を担う兵たちに襲いかかる。


 そうしているうちに、一番外にいた兵たちが息を吹き返す。すると、円の中心へと向かっていた敵兵は、気づかぬうちに包囲されているのだ。機を見て、ミゲルは円の外へと逃がしてもらう。


 無論、圧倒的な数の差があるゆえに、完全な包囲などできるわけがない。だが、敵の勢いを削ぐには十分な効果を発揮していた。布陣を眺めて「マジか……」と、こぼすリオン。


「勝手に配下の方たちを使ってしまい、もうしわけございませんでした」


「グルッ?」


「ひっ! ご、ごめんなさい! 実は、僕が指揮を任されたというのは嘘で、あわわ……」


 適当な方便で、部下をも信頼させていたようだ。それも悪くはない。機転が利いている。


「構わねえ。ジュラフェリス、不問だ」


「グル!」と、頷くジュラフェリス。


 まさか、臨機応変にここまで動けるとは。しかも、初陣である。


「……ミゲル、よくやった」


「は、はい!」


「おまえのおかげで、殿は大成功だよ」


 くくっと笑った。けど、ほんのわずかに苦さもあった。足手纏いだと思っていた少年に助けられるとは思わなかった。


「聞け! マーロックの兵たちよ! イシュヘルトは、このリオン・ファーレが討ち取った! 仇を取りたい奴はかかってこい! 相手をしてやるぞ!」


 たじろぐマーロック軍。


「リオン様、戦いを続けるんですか? ここは……」


「安心しろ。ハッタリだ。この隙に部隊を撤退させる。敵は指揮する奴がいねえんだ。追撃するのかどうかも判断できねえ」


 デュラハンが、馬を持ってきてくれる。リオンとミゲルは、それに跨がった。


「全隊、俺に続け! 邪魔する奴は、イシュヘルトのところへ送ってやれ!」


 ガオウッ! と、魔物の咆哮が響き渡る。リオンを先頭に、数多の不死者が帯を引くか如く追走するのであった。


「……おい、ミゲル。褒美をくれてやる。これからは、俺のことをリオンと呼び捨てにしていいぜ」


「そんな! 恐れ多いです!」


 ミゲルは良き将となるであろう。けど新参の、しかも弱い彼に従う魔物は少ない。だが、リオンの名を気安く呼んでいるとあれば、誰もが彼に一目置くのではないか。そういう立場を与えるだけの価値が、こいつにはあるとリオンは思った。


 ――けど、こいつは最後まで呼び捨てにすることはなかった。


 せいぜい『リオンさん』までだった。


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