第5話 ビー玉
小さい頃の恐怖体験。忘れることなんてできない。
小学生のころ、遠い親戚のお墓参りに家族で行った。遠い親戚だからよくわからなかったし、お墓参りなんて退屈だった。お墓の近くは緑がきれいなところで、飛んでいるトンボや蝶を追いかけて遊んでいた。
そうこうしているうちに私は家族からちょっと離れてしまった。墓が並んでいるようなところで、小さい私にはどこも同じに見える。元の場所まで戻ろうとしていると、優しそうなおじいさんに声をかけられた。
「お嬢ちゃん、道に迷っちゃったのか、大丈夫か」
「うん」よく覚えてはいないのだけれど、家族からはぐれてしまって、小学生だった私は不安だったんだと思う。
「そうか、たぶんパパたちはあっちだね、おじいさんについておいで」
そんな感じで広い道まで連れて行ってくれたのだけれど、その途中でおじいさんがビー玉のようなきらきら光るものを私にくれた。
「きれい」
「そうだろ、お嬢ちゃんにあげるよ」
小さい私は宝物をもらったように嬉しくて、ぎゅっと大事に持っていた。広い道まで来れば、もう道はわかる。
「ありがとう」
優しい笑顔で手を振りながらおじいさんは去っていった。すぐにそこから家族に合流できた。ひどく怒られた。
怒られて落ち込んでいた私は、家に帰って部屋にこもっていた。ふと思い出して、ポケットの中のもらったビー玉を出してみた。小さいころはビー玉をあまり見たことがなかったから、七色にも見えるその色が魔法のようにすごく魅力的に見えた。その日は母がお菓子を持ってきてくれるまで、ずっとビー玉を眺めていた。
次の日から、家族の様子がおかしくなってしまった。母が体調を崩したのだ。前日まで元気だったのに、まるで生気を吸い取られてしまったのかと思うくらいくたびれた顔になっていた。私が学校に行っている間に大きな病院で検査もいろいろやってもらったらしいが、原因はわからず。とりあえず、その日は家で一日安静にしていましょう、となった。
私の世話のために母方の祖母が家に来た。私が学校から帰ると、祖母は私が不安になるくらい焦った顔をしている。
「ママ、調子が悪いね、困らせないようにしようね」
「うん」
「ねえ、昨日何かあった?」
祖母は私たちが親戚のお墓参りに行ったことを知っていた。私は怒られると思って、あまり詳しくは話したくなかった。
「お墓参りに行ったよ、それだけだよ」
でも、私の顔を見て何かを悟ったのか、祖母は顔色が変わった。
「怒らないから、話して。お母さんの病気が治るかもしれないから」
私は正直怖かった。大人の怖さみたいなものを感じた。でも、病気の原因が私にあるとしたら、本当に嫌だ。泣きながら、私はお墓参りに行ったときのことを話した。
「私、蝶を追いかけてたら、迷子になっちゃったの、おじいさんに、連れて行ってもらって、ママと会えたの」
「おじいさん?」
「優しいおじいさんだよ、迷子のときに広いところまで連れて行ってくれたの」
「何かもらったりしていない?」
祖母は魔法使いのようだなとそのとき思った。なんでもお見通しだ。私は、隠し事はできないな、と思った。
ビー玉を渡すと、祖母は台所から塩を持ってきて、その塩を大急ぎでかけていた。祖母の表情が怖くて、私はちょっと離れて見ていた。そして、家の外に投げ捨ててしまった。
「あっ」
祖母は見たことのない怖い顔をして私に言った。
「知らない人からものをもらっちゃいけないよ。特に、お墓とかそういう場所ではだめ。そういうことがあったら、すぐにママかパパに言うこと。いい?」
「うん」
数日経って、母は病気が嘘だったかのように元気になった。医者も急な回復に首をかしげたそうだ。あのビー玉が原因だったことを知っているのは、たぶん私と祖母だけだ。
念のため言っておくと、祖母はすごく優しい人だ。このときほど怖い顔をしていたのを私は見たことがない。
あのおじいさんが何者だったのか、ビー玉が何だったのか、はっきりとはわからない。祖母にいつだったか、あのときのことを聞いてみたことがあったが、はぐらかされた。私もこれ以上聞かないほうが良いのだと思った。祖母は何を感じ取ったのだろうか。
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