第11話 美しい の後
大学4年の秋。付き合って3年目の彼女が大学の研究棟から飛び降りた。俺の目の前で。
「本当に君のこと、好きだよ」
そう言って彼女は飛び降りた。それが彼女の本音だったのか、それとも、俺への当てつけだったのか。
俺にとってははじめての彼女だった。大学1年の頃出会って、彼女の外見、心、その両方の美しさに惹かれた。彼女の心は優しく、美しかったのだけれど、そこには少し影があって、その憂いすら美しかった。高校の頃、仲が良かった姉が亡くなった、と聞いていたから、そのことを引きずっていたのかもしれない。俺には、亡くなったお姉さんがとても美しくて、尊敬していたし、姉のようになりたいんだ、という話しかしてくれなかった。
恋愛映画はたいてい男か女かどちらかが死んで終わるイメージがある。たぶんだが、一番美しい時期を終えると、結婚とか、子育てとか、とにかく大変で、お互いの関係も変わってきて、となった時に、お話としてどうなの、ということなんだろうと思う。どちらかが死んで終われば、一番美しい恋愛の状態で、それは永遠に終わることのない。
と言えばきれいだが、それはどこか他人事で客観視しているからにすぎない。俺ははじめて本気で好きになった人を失った。この3年間に意味があったのか、彼女にとって俺は何だったのか、自問自答を重ねて泣いて、泣いて、泣いた。何が悲しいのか、そろそろ立ち直ってもいいだろう、と言う人も周りにはいる。ただの失恋ならそれでもよかった。だが、目の前で自殺され、この出会いは何だったのか、と自分を責めずにはいられない。心の陰には気づいていたのに、支えてあげることはできず、俺は一体なんなのか。
完全に引きこもってしまった状態で、約1か月、気が付くと年末となり、すぐに年が明けた。正月に会いに来た祖母は、亡くなった祖父の話をしてくれた。
「おじいさんが死んだときは悲しかったけれど、この出会いが間違いじゃない、とわかっていたからね。前を向けたんだよ。愛していたなら、その人の分までちゃんと前向いて生きなくちゃいけないよ。お前がそんなんじゃ、彼女さんも成仏できないだろう。」
「でも、俺の目の前であんな」
「好きだ、と言った言葉、彼女を最後まで信じなさい。」
祖母の言葉はありがたいが、悲しみが消えることはない。
すべて嘘なら良いのに。信じていれば、時間を巻き戻せるのか。彼女を助けられるか。そう、泣き続ければ、強い思いは世界の原理原則をも変えられるのかもしれない。
かろうじて終わらせることができた卒論を提出しに久々に大学に行くと、あの見慣れた彼女の後姿を見かけたのだ。見間違えるはずはない。頭がおかしくなったのかもしれない。それでも良かった。彼女の向かう先は、飛び降りた研究棟の屋上だ。どんなことをしても、もう飛び降りさせはしない。
引きこもり状態が続いていたせいか、興奮しているせいか、屋上まで追いかけたときは息が上がっていた。彼女は、あの飛び降りたときと同じ場所で、空を眺めている。
「おい!」
思わず叫ぶ。彼女はこっちを向いた。顔色は少し青白い気がするが、美しい笑顔で笑いかける。
「やっぱり」
彼女は笑う。息が上がっていたのも忘れ、俺は走り出していた。
「ねえ、知ってる?なんで亡くなった人のことをずっと悲しんではいけないのか」
「どうでもいい。そんなこと、どうでもいいよ、またお前に会えたんだから」
ぎゅっと抱きしめると、温かさが伝わってきた。これは嘘じゃない。まぎれもなく、現実なんだ。
「一緒に行こう」
俺は彼女を抱きしめていたつもりだった。天に浮かび上がる感じとはこういうことなのか。彼女はいない。俺は落ちているのか。
「ねえ、知ってる?なんで亡くなった人のことをずっと悲しんではいけないのか」
成仏できないからか・・・?
彼女の顔が見える。だが、さっきまでの美しい顔からは想像できない、悪意に満ちた笑顔。もう、その顔は彼女じゃない。
「悪魔がとりつくんだ」
まるでお面をはがすかのように、あごから顔をひん剥いていった。
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