第4話 夢
嫌な夢を見た。
夜中に携帯電話の着信音で目を覚ました。マナーモードになっているはずだとイライラしながら、枕のあたりを見回して、おかしいことに気づく。まあ、夢なんかたいていおかしなものだが、夢の中では現実だと思っているから。
そもそも、携帯電話はかなり前にスマートフォンに買い替えたのだ。スマートフォンでは電話はめったに来ないから常に音の出ないサイレントモードにしている。着信音を聞いたこと自体、久しぶりだ。もともと携帯電話に収録されていた、買ったばかりの頃に流行っていた懐かしい曲。
携帯電話は机の上でほこりをかぶっていた。暗闇の中で画面が明るく光っているのは何とも不気味だ。着信通知には「お父さん」。出てみる。
「もしもし」
「ああ、お父さんだけど、ちょっとこっちに来ていろいろ手伝ってくれないか、腰が痛くなっちゃって。明日とか」
こんな時間に何なのか。そういう怒り、あきれもあったが、そうだ、父はこういう人だったと思い出す。
「兄さんに連絡して。こっちは忙しいんだよね、急に言われてもさ」
「そうか、わかった」
父は傲慢で変なプライドを持った人だった。価値観が古いというか、家族では俺が偉い、というのを、直接口には出さないものの、態度に出す人だった。ぼくや兄は父の気まぐれなお使いに付き合わされた。ぼくは嫌いなものを嫌いと言うタイプだったから、露骨にいら立ちを見せて抵抗していたが、兄はずっと優しい人だから、父にも優しく、お使いにも嫌な顔をせずに付き合っていた。父も逆らうぼくよりも兄のほうが好きだったんだろうと思う。ぼくとしてはそれでよかったし、むしろ、父が兄に嫌われていることに気づいていないことが滑稽で、兄はかわいそうと思っていた。
そんな父もこの前死んだ。65歳。仕事を辞めた後は、それまで以上に酒やたばこにおぼれて病気になって死んだ。自業自得と思っていたし、これ以上生き恥をさらすことがないのだから、寿命としてこれでよかったのではないか。
そんな父からお使いの電話が来た。朝起きて、ああ夢だったかと改めて思い返す。不快な夢だ。父の死後、手続きやらなにやら面倒くさいと思うくらいで、特別思い出したことなんてなかったのだが。
何日か経って、母から電話が来た。
「お兄ちゃんが危篤らしいの、よくわからないけどすぐ行って」
病院にぼくが着いたときはもう死んでいた。疲れ切った顔の奥さんになんて声をかけてよいのかわからない。
「昨日までは本当に元気で・・・何が起きたのか私にはさっぱりわかりません。」
「医者はなんて?」
「いわゆる突然死というやつだとおっしゃっていました。これからという人なのに、なんで・・・」
ぼくはあの嫌な夢を思い出す。
「ああ・・・あの人もそんなこと言っていました。え、でも、なんで・・・」
「なんて答えたんでしょうね、兄は」
「わかりません。久しぶりにお義父さんから電話をもらう夢を見たと言っていただけです」
体から力が抜けていくのを感じる。そうだ、父はこういう人だ。なんでぼくのほうから先に電話したのかわからないが、ぼくに断られて兄に電話したのだ。兄は優しいから、手伝いにいくと答えてしまったのだ。
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