第3話 触らぬ神に
友達の失恋話は散々聞かされていて、私も失恋すればこんな感じにうわーっとしゃべって発散できる、そして切り替えて次のステージへ行ける、そう思っていたけど、実際は違った。私のその手の経験が少ないせいもあったと思うけれど、そもそも人と笑って話せる感じじゃなくて。だから、切り替えるために12月の頭に一人で旅行に来た。
知り合いなんて絶対会わない場所。できることなら、知らない人含め誰にも会わない場所がいいと思った。だけど、車を運転できない私にはそういう場所に行くのはハードルが高いし、何も自殺するわけではないので。ちょっとさびれた山間にある渓谷の観光協会をインターネットで見つけて、そこに決めた。こういう時だけ謎の行動力を発揮する私。恋愛にも活かせればよかったのかな。
この辺の紅葉は11月までには終わってしまうそうで、観光シーズンは終わっていた。小さいお店は冬季休業だった。平日ということもあって、遊歩道は誰もいない。渓谷の川の流れる音を静かに聞きながら、自然と一体となれている気がして、気持ちがいい。霊感とかまるでない私にも、「オーラ」みたいなものを感じてしまう。こんな素敵なところ、大切な人と来れたら・・・なんて思ってしまう私、だめだな。
遊歩道の終点まで来ると、出口とは別の方向に小さな道があった。たぶん観光客が来る道ではないのだろう、整備もほとんどされていない。何かに誘われたような気がした。靴が汚れてしまうことも気にせず、つかつかと入っていった。
30分くらいか、結構歩いた。看板などもないから、元の道に戻るタイミングを逃して、ずいぶん奥のほうまで来てしまったような気がする。右に久しぶりに建物を見た。
建物といっても、誰も管理していなそうな小さい神社だった。鳥居には大きな蜘蛛が巣を作っていたが、神社に来たらここをくぐりたい。しゃがんで巣にひっかからないように入った。静かなこの地を歩いたおかげなのか、鳥居を抜けると、不気味な、と言ってしまって良いのか、周囲の雰囲気が変わったような気がした。朽ちた賽銭箱に5円玉を入れる。お賽銭は誰か管理しているのだろうか。
「あの人が消えればいいのに」
お祈りのあとに、少し後悔した。せっかくだからポジティブなことをお祈りすべきだった。神など信じる私ではないが、その考え方を改めないと、反省しなければ。
その夜は日中の散策で私が感じている以上に体は疲れていたのか、お風呂のあとはすぐに寝てしまった。朝になり、友達から不在着信が10件も。SNSにメッセージも入っている。
「いまどこ?あんたの彼氏、事故にまきこまれて重傷」
一気に目が覚めた。すぐに電話する。
「これまじなの」
「どこにいるの、あんたの彼氏、ぼけ老人にひかれたって。意識不明の重体だってよ、病院行きなよ」
「元、彼ね」こういうことを言っている場合ではない。私は昨日お参りした、あの小さな神社のことを思い出していた。私は関係ない、私は悪くない。でも、もしかして。忘れたいと思っていたし、消えてしまえばいいって思っていたのも本当だけれど、それは私の目の前から、頭の中から消えて、って意味であって。こんなことを望んだわけではない。
走ってあの神社に向かう。夜に雨でも降ったのか、地面はぬかるんでいる。べちゃりという音とともに、ズボンに泥がはねる。ただの不幸な偶然なんだから、もう関係のない人なんだから、涙が出てくるのはなんでだろう。
神社の鳥居の蜘蛛の巣がなくなっていた。雨で落ちたのか。
「昨日のは撤回します。あの人を殺さないでください。どうか、お願いします」
強い風が吹き、後ろに誰かの気配がする。まさか、神様なのか。そんなことあるはずないのに、なぜか、ぎゅっとつぶった目を怖くて開けられない。
「・・・もう・・・おそい」
目を開けて振り向くと、そこには何か得体のしれないものが立っていた。私は、これをうまく表現する言葉を見つけられない。強いて言うなら、泥の塊に目のついたおばけ。
「・・・もう・・・おそい」
本当に消えたほうが良いのは私なの?思わず心でつぶやくと、泥のおばけはその通りだと言わんばかりにうなずいた気がした。恐怖と悲しみとともに、だんだん気が遠くなっていった。
どうやってここまで戻ったのか、私は遊歩道の近くのお土産屋の前にいた。やる気のなさそうなおばさんがお饅頭を焼いている。
「いらっしゃい、食べるかい」
「あの、向こうに神社がありますよね」
「あそこは観光客が行くようなとこじゃないよ」
おばさんは渋い顔をしながらお饅頭を私に渡す。
「どんな神様がいるんですかね、由来とかご存知ですか」
「さあ・・・でも、触らぬ神に祟りなし、って言うだろ。道も滑りやすいし、危ないからあっち行っちゃだめだよ」
おばさんの表情は渋いままだ。触ってはいけない神様にお願いしてしまった。もう私は二度と神社には行かないとここに誓う。
あの神様のうなずきは、どういう意味があったのだろう。私は消えるのだろうか。
元彼が亡くなったとその夜に連絡があった。
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