第13話 病院

深夜。強い胸の痛みとせきに襲われた。体が異常に重い。それでいて、頭は変に冷静なのだ。あ、これはまずいかな。明日仕事どうしようか。

俺の異変に気付いた母親か父親が救急車を呼んだらしい。その辺の記憶は断片的しかない。気付いたときには病院で寝ていた。訳が分からないまま、ぼんやりしていると、横に看護師が立っていた。

「目が覚めたんですね」

そこにいた看護師が無表情に言った。「危なかったですよ」


病室の夜は、いい歳して、怖かった。暗いこともそうだが、病院独特の匂い、それから静かな中でも小さな音が遠くでしている。それが何かよくわからない気配を生み出して、怖さを倍増させるのだ。わかってもらえるだろうか。

部屋の隅で白衣を着た高齢の女性が1人でぶつぶつと独り言を言っていることに気づく。いつの間に入ってきたのか。

さっきまで病院は怖いと思っていたはずだし、このシチュエーションはかなりまずいのだが、こういうときになぜか頭は冷静だった。それか熱で本当におかしくなっていたのかもしれない。

気になったから看護師が部屋に来た時に「部屋の隅に女性がいますが、あの人も何かの病気ですか?」と尋ねた。認知症か、少しおかしい人だと困る。初めはそういう感じで思ったのだ。すると看護師は無表情にこう答えた。

「それは誰のことですか?部屋にはあなた1人しかいませんよ?熱で夢でも見ているのではないですか」

「幽霊でしょうか」俺がぼんやりと言うと、看護師は相変わらず無表情に答えた。

「ここは病院です。幽霊の一人や二人、いますよ、生死を扱う場所です」

少し間をおいて、俺の目をしっかりと見ながら、はっきり言った。

「引き込まれないでくださいね。絶対に」

高齢の女性をちらりと見ると、その表情を説明するのは難しいのだが、ものすごい悪意を感じる表情で看護師をにらみつけていた。普通の人ができない顔だ。まさに、純粋な悪意や憎しみ、負のオーラしかない表情。すーっと、また気を失った。

しばらくその部屋で入院することとなったが、そこからは快方に向かった。夜、幽霊のようなものを見たのはそのときだけだった。


冷静になって思い返すと、もう少しで引き込まれていたと思う。いや、引き込まれかけていたのだろう。熱で頭がぼんやりしていたのかもしれないが、あのとき、その高齢の女性に怖さを感じなかったのだ。看護師の言葉がなければ…場慣れしていたのだろうか、あの人も異常に冷静だった。いずれにしても、感謝するしかない。

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