第14話 魔物
「肝試し・・・行かない?」
息子から恥ずかしそうにそう言われて、正直跳びあがって喜びたい気持ちだ。だが、そこは父の威厳を忘れてはいけない。「ああ。いいよ」
息子とはほとんど話せていない。小さい頃から彼のためを思い、私は厳しく育ててきた。だが、その正しさもほどほどにしておけばよかったのだろうか。いや、思えば仕事も多忙で私も不機嫌なまま、彼を叱ってしまったこともあったのかもしれない。反抗期になり、それも終わって大学生になった息子とは、完全に関係がこじれてしまった。深い溝が父子の間にできてしまった。私も何とか彼との距離を縮めようと思い、政治家への悪口なんかの世間話をしてみるのだが、教養も知識も日々アップデートされている大学生と中年の社会人である私とは、話が噛み合わず、かえって溝を深めているような気がする。
だから、肝試しに行こうと言われたときは本当に嬉しかったのだ。彼のほうから私に近づいてきてくれた。なぜ肝試しなのか、いい年して。そういう思いもないわけではない。だが、彼なりに私との関係を思いやり、恥ずかしさもあっただろうが、それでも誘ってくれたこと、その気持ちは届いたぞ。やはり、私たちは通じ合っていたのだ。
深夜。息子のレンタカーでその場所へ向かう。私は場所に着いて何も聞いていないし、息子もはっきり言わない。何を企んでいるのだろうか。さすがに、中年の父親と大学生とで本当に心霊スポットで肝試しするだけではあるまい。何か言いたいこと、伝えたいことがあるんじゃないか。私は、父親として、理解者として受け入れるつもりだ。
着いたのは、奈良時代かその前かの、有力な豪族の古墳跡といわれている丘だった。小さい頃、二人で来たことがあった。歴史が好きな私に合わせたチョイスだろうか。
「こっち」
息子は真っ暗の中、懐中電灯だけを頼りに、すたすたと歩いていく。古墳は整備されてはいるが、森のようになっていて真っ暗だ。スムーズに歩いている様子を見ると、前も来たことがあるようだ。そういえば準備段階から慣れている様子だった。
「こういうこと、よくやるのか。肝試し」
「え?」彼はこちらを見る。「いや、別に」
「別に、ってことはないだろう」
彼は黙り、淡々と奥に入っていく。夜で暗いからよくわからないが、こんなに中に入ってよかったのだろうか。変な虫が飛んでいる。怖いというよりは、ただ危ない気がしてきた。
「なあ、どこまで行くんだ」
「もうちょっと」
木々のない、広いスペースに出た。古墳の中にこんな場所があるとは。休憩スペースか何かだろう。看板などは見当たらないが・・・
「ここ」
懐中電灯で地面を照らすと、私は驚きと恐怖で声が出そうだった。魔法陣のような印が石灰でつけられている。その周囲には、変な植物が積まれていたり、動物の死骸だろうか、黒い塊に虫がたかっていたり。これは何なのか。嫌な予感がした。
「おい、これは」
問いただそうと彼を見ようとしたとき、頭が割られるような痛みが走った。何が起きたのか、理解するのに時間がかかった。彼が、息子が私の頭をバールのようなもので殴ってきたのだ。次第を理解したら、痛みはさらに強まった。
「ぐわあっ、おい、なにを」
「魔物を呼ぶんだよ。最後に人間がここで死ぬこと。それが条件だった」
魔物を呼ぶなんて馬鹿げている。オカルト宗教に入ってしまったのか。いずれにしても、私をいけにえにするなんて、なんてことだ。彼は聞いたことがないような怖い声で私に怒鳴る。
「いいか、お前。ずっと我慢していた。お前みたいなやつの息子で生まれたこと、悔しくて、恥ずかしくてしょうがないよ。人にみっともない、とか社会をなめている、とか?そうやって他の人を馬鹿にして、プライドばっかり高くて、大した能力のないくせにさ、一番みっともないのはお前だよ、」
私の意識が遠のく中、彼は怒鳴り続けていた。彼が本気で怒ったところ、初めて見たような気がした。私もこうやって彼に怒鳴ったのかもしれない。ぼんやりとしか見えない彼の後ろに、大きな魔物が見えた気がした。
父親が動かなくなってからだいぶ時間が経った。呼吸はしていなそうだ。
魔物は現れない。おかしい。
もしかして、こんな価値のない人間の魂ではだめだったのか。魔物の力を得るためとはいえ、犠牲は小さく、死んでも良いやつ、と思っていたが、偉大な力には、もっと大きな犠牲が必要ということか。なら、研究室の、あいつが・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます