第29話 山の怪

田舎の山奥で道に迷った。そもそもなぜそんな場所にいたのか、と言うと、近くに大昔に作られた宗教施設が発見されたと聞いたからだ。まあ、これまで見つかってこなかったというだけのこともあって、深い山奥、舗装された道などあるはずもなく、地図もネットで探したがよくわからず、服を汚しながら探していたのだが、結局迷った。

暗くなってきて、何か出てきてもおかしくないと思っていたところで、明かりが見えた。こんな場所に人が住んでいるとは。朽ちかけた古い家だが、とりあえず休み、体制を整えたい。可能なら泊めてほしい。

入り口のドアを叩くと、いかにも昔話に出てくるようなおばあさんが出てきた。山姥、という言葉がぴったりだ。

「こんな場所にどうされたんですか」

おばあさんが尋ねる。

「道に迷ってしまって」

普通は人が来る場所ではないだろうが、おばあさんいわく、時々登山ルートを間違えた人が迷ってここに来るそうだ。

「まあ、もう暗いんで、明日の朝までここで休んでください。汚いですけど」

助かった。


夜。鍋料理を夕飯でいただいた。一人前とは思えない量だから、わざわざ用意してくれたのだろうか。おいしく食べて満腹になり、暗いこともあってすぐ眠くなった。

「疲れているんでしょう。ゆっくり休んでください。そちらの部屋でね」


深夜に目が覚めた。まるで昔話の一場面のように台所に薄明かりが揺れる。深夜の山姥…殺気を感じた。

こういう歴史調査みたいなことをする中で、山や森に入ると踏み入れてはいけない場所であるとか、獣の殺気とか、そういったことに気を配らないといけないために、普段以上に感覚が研ぎ澄まされる。まさにそんな殺気に遭遇してしまったらしい。それも、今回は獣でも、おそらく人間でもない化け物だ。

こちらに気づいたのか、足音が近づく。古い家だから床のきしみが不気味だ。

戸が開いた。恐ろしい表情の山姥が笑う。

「起きちゃったのか、寝ていた方が楽だったのに、あんたついていないね」

手には包丁が光る。

「ついていないのはお前だよ」

私の拳が山姥を吹き飛ばした。倒れ込んだ山姥は弱々しくうめく。こうなると人間のおばあさんとそれほど変わらない。私の表情は思わず緩む。

「私も、人間ではないんだ」

もう一つの姿となった私が山姥を覆い尽くした。


朝。とんだ化け物に出会ってしまったものだ。家だと思っていたのは洞穴だった。すぐに気づければ良かったのだが…疲れがとれないままだが、山を降りることにしよう。


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