第25話 影

僕の影が薄くなってきたのに気が付いたのは先週の土曜日だった。存在感が薄くなってきたという意味ではなく、文字通り自分の影が薄くなっていた。日差しを浴びて、周りの人たちは真っ黒の影ができているのだが、僕の影はやや灰色と言えばよいのか、薄くなっているのだった。実際いつからこうなっていたのかはわからない。平日は仕事で朝は日の出前、帰りは日の入り後の生活だったから、そもそも自分の影と向き合っていなかったのだ。街灯か何かで影ができていたはずだが、気にしていないし、周りも暗いからなおさら見ない。たまたま土曜日に、休みだから外食でも、と思って外に出て、そこで気が付いた。影が薄くなるとは、不吉極まりない現象だ。死ぬのが近いのだろうか。確かに最近働きすぎだと思う。過労死か。それはいやだな。

不安だが、とはいえ、影が薄くなる現象を診てもらうために病院へ行くのはおかしい。こんなオカルト的現象を診察できるとは思えない。そもそも身体の一部ではない。頭がおかしいのかもしれない。

今週は影を気にしていて、仕事の合間に自分の影を確かめる時間を作った。注意してみると、やはり薄い。それも、日に日に薄くなっていっている気がする。そんな感じで一週間、また一週間と経ち、影がついに完全に消えた。

デスクワークしかないので仕事には影響がなかった。室内でも影ができることがあるので、下を向くと自身の影がないことに気付き、そして、周囲の人の影があることを確認してがっかりする。だが、他人の影など普段は気にしないもので、他の人には気付かれない。休みの日も日中外に出ずに、影ができないように過ごすのであれば、若干不自由だが何も問題はなかった。

そんな日々の中でも、やはり不自由なものでストレスがたまり、真夜中に散歩に出てみた。人の目から解放されてしまえば、影があろうとなかろうとぼくにはどうでもよいことだ。少し足を伸ばして、地元のパワースポットとして有名な神社に行ってみた。真夜中だから賽銭箱に近づけないようになっている。もちろん参拝客もいない、と思っていたが、何人かふらふら歩いている人がいた。酔っ払いだろうか、とふといつものくせで足元の影を確認した。少ない灯りに照らされているが、彼らの足元には影がない。

思わず、声をかけた。ぼくと同じ症状の仲間だったら、助け合えないだろうか。

「あの、すみません…」

一人に声をかけると、すっと音もなく消えた。この世の人ではなかったのだ。ふらふら歩いている他の何人かもおそらくそうだ。ぼくたちは普段気づいていなかっただけで、この世の人ではない人と隣り合わせに生きていたのかもしれない。それがわかってしまうと、なんと恐ろしいことだろうか。

夜、外を歩くときは足元の影があることを確認しないことをおすすめする。知らなくていいこともたくさんある。

ちなみに、影がなくても、ぼくはいたって健康だ。

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